名 前 ひだるがみ【ヒダル神】
出没地 十津川村、東吉野村
伝 説

○山の弁当は、一口くらいご飯残しておく。ひだる神が憑いたら、残ったご飯を食べる。(※1)
○掌に「米」という字を書いて水で飲むと治る。また、飯を一口口に入れて、それを呑み込まず吐き出し、二口目から呑めば治る。(※1)
○山には、昔飢えて死んだ者が亡霊になっていて、これが人にとりつく。ダルに憑かれると冷たい汗が出て体が氷のようになり、ちょっと休んだら寝込んでしまう。(※1)
○道を歩いていたら冷や汗が出てきて、目の前が真っ暗になって、水が飲みたくなって、谷の水を伏して飲んでいたら、そのまま死んでしまう。(※2)
○腹減って腹減って、どうしようもなく、それを辛抱していたら、汗が出てくるは、動けなくなるは。お粥でも一杯さぁ〜っと食べると、すっとする。(※2)
○鷲家の方から少し行くと、佐倉峠がある。ここにひだる神が祀ってある。昔、腹が減ったら、ヒダル神がとり憑いたので、それから守ってもらうために、ひだる地蔵という地蔵さん祀った。この辺では、腹が減ったことを「ひだるい」と言う。掌に米を書いて、飲みこんだらおなかが大きくなるとも言われている。(※2)
○宇陀郡室生寺の参詣路、仏隆寺阪の北表登り路中程に、ヒダル神のといつくという箇処のあることを、高田十郎氏の一人雑誌「なら」第27号の奥宇陀紀行にのせている。そこに文久3年に建てた供養塔があり、法界萬霊の文字の下に、16字の偈と一首の歌が刻してある。今でも食物を持たずに腹を減らして通ると、ヒダル神が取り憑いて一足も動けなくなる難所だといっている。 (※3)
○ダル憑かれると冷汗をかいてへたり込んでしまう。その時に掌に米という字を書いてなめるとよい。ダルの出る所はたいてい決まっているという。奥吉野ではダルは死人の霊で「ダルにとびつかれる」という。(※4)

談 義

【考察】
 柳田國男氏もその著書『妖怪談義』の中で、ヒダル神に関心を寄せており、全国の情報を取り寄せている。地域によって、「ダル」「ダリ」「ダニ」「ダラシ」などという言い方 もあるようだが、「こうした生理現象が、ある山路に限って起こるのか」というのが彼の研究テーマだったようだ 。ただ、この著書では結論に至っていない。
 奈良県の場合、佐倉峠や仏隆寺付近のヒダル神はピンポイントで現れるようだし、 紀伊山地でも「ダルの出る所はたいてい決まっている」という話もある。
 実は、私自身もヒダル神に取り憑かれた経験がある。弥山川を遡って弥山小屋を目指していたが、小屋直前の長い登り階段の手前で動けなくなった。この日は、テントも担ぎ、8時間近く難路を登ってきたという疲れもあり、 軽い熱中症だったのかもしれない。お腹に全く力が入らず、ポカリスエットとカロリーメイトを流し込むものの、もはや胃がエネルギーとして消化してくれなかった。追い越していく登山客の影を追いかけながら、這うようにして小屋に辿り着いたことを思い出す。

【フィールドワーク】
 東吉野村鷲家から宇陀市菟田野に通じる国道166号線の境界上に佐倉峠があり、そこにひだる地蔵尊が祀られている。片道一車線の舗装された道路を、車がスピードを出して行き交う。今は、交通安全を祈願する地蔵としての役割に転じてしまったようである。

引用文献

※1)奈良県教育委員会事務局文化財課『十津川村史』(S36.5.20.十津川村役場)
※2)竹原威滋・丸山顯コ編『東吉野の民話』(H4.12.10.東吉野村教育委員会)
※3)『妖怪談義』柳田國男
※4)保仙純剛著『日本の民俗・奈良』(S47.11.5.発行:第一法規出版)

佐倉峠のひだる地蔵尊