大津皇子と二上山落陽

2021年10月3日檜原神社(桜井市)より

『日本書紀』巻第三十 持統天皇 高天原広野姫天皇
 冬十月二日、皇子大津の謀反が発覚して、皇子を逮捕し、合わせて皇子大津に欺かれた直広肆八口朝臣音橿・小山下壱伎連博徳と、大舎人中臣朝臣臣麻呂・巨勢朝臣多益須・新羅の沙門行心と帳内礪杵道作ら三十余人を捕らえた。
 三日、皇子大津に訳語田(おさだ)の舎(いえ)で死を賜わった。時に年二十四。妃の山辺皇女は髪を乱し、はだしで走り出て殉死した。見る者は皆すすり泣いた。皇子大津は天武天皇の第三子で、威儀備わり、言語明朗で天智天皇に愛されておられた。成長されるに及び有能で才学に富み、とくに文筆を愛された。この頃の詩賦の興隆は、皇子大津に始まったといえる。
 二十九日、詔して、「皇子大津は謀反を企てた。これに欺かれた官吏や舎人は止むを得なかった。今、皇子大津はすでに滅んだ。従者で皇子に従った者は、みな赦す。ただし礪杵道作は伊豆に流せ」といわれた。また詔して、「新羅の沙門行心は、皇子大津の謀反に与したが、罪するのに忍びないから、飛騨国の寺に移せ」といわれた。
 十一月十六日、伊勢神宮の斎宮であった皇女大来は、同母弟大津の罪により、任を解かれ京師に帰った。十七日、地震があった。
(『全現代語訳日本書紀』宇治谷孟・著/講談社学術文庫)

 686年(朱鳥1)、天武天皇の第3子大津皇子は、謀反の罪で自害させられた。このことは、悲哀の物語としてよく知られている。
 天武天皇の後継者として、679年の吉野行幸では、鵜野皇后(後の持統天皇)との子草壁皇子を次期天皇とする「吉野の盟約」(吉野の誓い)が交わされた。この時同行した皇子は、草壁皇子・大津皇子・高市皇子・忍壁皇子(以上、天武天皇の子)と川島皇子・志貴皇子(以上、天智天皇の子)の6人である。
 大津皇子は、『日本書紀』にその人となりが紹介されているように、吉野の誓いがあったとは言え、草壁皇子の最大のライバルであった。天武 天皇の死後、謀反の罪で捕らえられるが、謀反の事実があったかどうかは分からない。サスペンスドラマ的に勘ぐると、鵜野讃良皇后(後の持統天皇)の何かしらの画策が功を奏したということだろうか。

 大津皇子には、同母の姉大伯皇女(大来皇女)がいて、伊勢神宮の斎宮を司っていた。大津皇子は、死の直前に斎宮に赴いた。姉がその弟のために作った という歌が『万葉集』におさめられている。ただ、伊勢神宮への下向については、『万葉集』以外にそれを裏付ける史料がないようだ。また、大津皇子の辞世の句(巻3-416) があるものの、その時代、辞世の句を作る習慣はほとんどなく、後人の仮託の作とも言われている。いずれにしても、『万葉集』のこれらの歌が、物語の悲哀を一層演出した。

   

大津皇子、竊かに伊勢の神宮に下りて上り來ましし時の大伯皇女の御作歌二首
(巻2-105)

わが背子を大和へ遣るとさ夜深けて暁露にわが立ち濡れし
(巻2-106)

二人行けど行き過ぎ難き秋山をいかにか君が獨り越ゆらむ

大津皇子薨りましし後、大來皇女伊勢の齋宮より京に上る時の御作歌二首
(巻2-163)

神風の伊勢の國にもあらましをなにしか來けむ君もあらなくに
(巻2-164)

見まく欲りわがする君もあらなくになにしか來けむ馬疲るるに

大津皇子の屍を葛城の二上山に移し葬る時、大来皇女の哀しび傷む御作歌二首
(巻2-165)

うつそみの人にあるわれや明日よりは二上山を弟世とわが見む
(巻2-166)

礒のうへに生ふる馬酔木あを手折らめど見すべき君がありと言はなくに
右一首、今案ふるに、移し葬る歌に似ず。けだし疑はくは、伊勢の神宮より京に還る時、路のへに花を見て感傷哀咽てこの歌を作るか。

大津皇子の被死らしめらえし時に、磐余の池の般にして涕を流して作りませる御歌一首
(巻3-416)
ももづたふ磐余の池に鳴く鴫を 今日のみ見てや雲隠りなむ

 

  大津皇子の墳墓は、現在、二上山雄岳山頂にあり、宮内庁もここを皇子の墓としている。この時代、山頂に古墳が造られることはなく、これに異論を唱えているものが大勢である。 二上山山麓東側には7世紀後半頃の鳥谷口古墳があり、これこそ大津皇子の真墓ではないかという説もある。
 二上山の落陽と浄土思想が源信によって結びつけられ、日が沈む二上山の向こうに極楽浄土を想像するようになるのは平安時代中期以降。しかし、大津皇子の墳墓が二上山のいずこにあろうとも、巻2-165の歌に詠まれているように、人の往生と二上山の夕陽を重ねてみる試みは、万葉人の心にすでに宿っていたのかもしれない。

真ん中の芝地が鳥谷口古墳、左手奥が二上山雌岳、右手奥が雄岳

 
大津皇子陵墓(二上山雄岳山頂)   鳥谷口古墳(葛城市染野)
 
2021年8月2日畝傍山(橿原市)より   2021年9月23日千股池(香芝市)より