| 出典 |
要約 |
神の扱い |
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『古事記』(712年)
下巻 雄略天皇
葛城の一言主大神 |
天皇が葛城山にお登りになった時、その向かいの山の尾根伝いに山に登る人がいて、天皇の行幸の列にそっくりで、服装も随行の人々もよく似ていた。天皇がお怒りになって矢を弓につがえると、相手もつがえてきた。「名を名のれ」というと、「私は、悪い事も一言、善い事も一言で言い放つ神、葛城の一言主の大神である」と答えてきたので、天皇は恐れ畏まり、自分の太刀や弓矢をはじめ、官人等の着ている衣服をも脱がせて、拝礼し献上した。
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雄略天皇、葛城山で一言主の神に遭遇し、敬意を払う。 |
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『日本書紀』(720年)
第十四巻 雄略天皇
葛城の一事主 |
天皇が葛城山に狩りにお出でになった時、突然、長身の人が現れ谷間のところで行き合った。顔や姿は天皇とよく似ていた。天皇は、「どちらの公でいらっしゃいますか」と尋ねると、背の高い人は、「現人神である。まず、あなたの名を名乗りなさい。そしたら私も言おう」と言われた。天皇は「私は幼武尊(ワカタケルノミコト)である」と答えると、「私は一事主神である」と言い、その後、一緒に狩りを楽しんだ。鹿を追いつめても、矢を放つことを譲り合い、轡を並べて馳せ合った。言葉も恭しくて仙人に逢ったかのようであった。 |
雄略天皇、葛城山で一言主の神に遭遇し、仲良く狩りを楽しむ。 |
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『続日本紀』(797年)
巻第一「文武天皇3年5月24日条」 |
丁丑。役君小角流于伊豆島。初小角住於葛木山、以咒術稱。外従五位下韓国連広足師焉。後害其能、讒以妖惑、故配遠處。世相伝云。小角能役使鬼神、汲水採薪。若不用命、即以呪縛之。 |
役行者が伊豆に流されたのは、その能力を嫉んだ韓国連廣足の讒言であると記されていて、一言主は登場しない。 |
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『日本霊異記』
(平安時代初期)
上巻第二十八 |
役行者は鬼神たちに、「金峯山と葛城山との間を通いたいので橋を架け」と言ったところ、神は皆憂いた。そこで、葛城山の一言主神が「役の優婆塞は謀りごとをして天皇を傾ぶけようとしています」と天皇に讒言した。朝廷による逮捕・流罪の憂き目に遭った役行者は、怒って一言主神を呪縛した。 |
一言主の神の讒言によって、逮捕・流罪の憂き目に遭った役行者は、一言主神を呪縛した。(一言主神の醜さについては触れていない。) |
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『今昔物語集』
(平安時代末期)
巻11第3話 |
役優婆塞誦持呪駈鬼神語
第三
役行者は鬼神たちに、「金峯山と葛城山との間を通いたいので橋を架け」と言ったところ、神たちは従って作り始めた。鬼神たちは「私たちは姿かたちが醜く見苦しいので、夜に隠れてこの橋を造りたいと思います」優婆塞に願い出、夜な夜な作業を急いだ。役行者は一言主の神を呼んで、「おまえは何の恥があって、姿を隠すのか。それでは橋が完成しないではないか」と怒り、呪(呪文)をもって一言主を縛り、谷の底に落としてしまった。一言主神が「役の優婆塞は謀りごとをして天皇を傾けようとしています」と天皇に讒言した。官使は優婆塞の母をつかまえて役行者をおびき出し、伊豆に流した。
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自分の姿形の醜さに人目をはばかって橋の建設に精を出さない一言主に、役行者は詰り呪文をもって縛り谷底に落とした。一言主は、天皇に役行者のことを讒言し、伊豆に流された。 |