Mountain Guide
                         くりんとの登山ガイド

           
   
 日本三大峡谷大杉谷 【桃の木山の家泊】
シシ渕(奥はニコニコ滝)

 大杉谷は、清津峡(新潟県)、黒部峡谷(富山県)と共に「日本三大峡谷」の1つに数えられ、日本有数の渓谷美を体感できる。屋久島と並ぶ日本有数の豪雨地帯大台ヶ原を水源とし、その圧巻の水量は幾つもの名瀑を形成、時に深く目のくらむような谷底をエメラルド色に染めながら先を急いで落ちていく。
 一方で、2004年(平成16年)9月の台風21号による水害は、大杉谷の登山ルートに未曾有の被害を与えた。堂倉滝の滝壺が土砂で埋まり、滝の前の吊橋はひっくり返って、大木が引っ掛かっていたというから、その出水のすさまじさは想像を絶する。そのため、宮川沿いの登山道は6年間通行不能であったが、2010年10月から堂倉滝・七ツ釜滝間以外は通行可能になり、2014年(平成26年)4月、光滝付近の崩壊箇所も通行可能となり全線開通に至った。
 1986年(昭和61)に、大杉谷を登ったときには、近鉄松坂駅からバスと船(宮川ダム)を乗り継いで登山口に辿り着いたが、2019年現在は、予約制の大杉峡谷登山バスが道の駅奥伊勢おおだいから登山口まで運行している。大杉谷そのものも秘境であるが、公共交通機関を利用するとなると、大杉谷登山口に辿り着くまでが既に秘境である。登山口から大台ヶ原日出ヶ岳山頂間には、2軒の山の家があるが、上り下り共に「桃の木山の家」を起点とするのが一般的である。

 私自身、大台ヶ原でガイド等の活動を行ってきたが、大杉谷は、日出ヶ岳山頂に至るメインルートの1つという捉え方をしていた。だが、大台ヶ原(東大台・西大台)と大杉谷(登山口〜堂倉滝)は、誤解を恐れずに言うと別物である。その理由として、以下の点が上げられる。

(その1)
 それぞれの植生を見たとき、東大台周回コースは日出ヶ岳1695m〜シオカラ谷1410mで「コケモモ−トウヒクラス域(亜高山針葉樹林域)」、西大台周回コースはビジターセンター1573m〜開拓跡1300mで「ブナクラス域(落葉広葉樹林域)」である。
 一方、大杉谷の場合、登山口289m〜桃の木山の家480m〜堂倉滝800m間は、標高が低く「ヤブツバキクラス域(常緑広葉樹林域)」である。堂倉滝から堂倉小屋にかけて、いよいよ急登となり「ブナクラス域(落葉広葉樹林域)」が現れる。したがって、登山口から堂倉滝までは、カシ類(ツクバネガシ、ウラジロガシ等)を主体とした常緑広葉樹林が広がる。また、標高500m付近の山の家周辺では、5月中旬頃シャクナゲが開花し、紅葉は11月以降が見頃、大台ヶ原山頂付近とは半月ほど時期がずれる。また、河岸の岩場ではカワサツキなどの渓流植物が花を添える。
(その2)
 東大台や西大台の周回ルートは、整備された歩道を歩くので、転倒や滑落によって命に関わるような重大事故の発生頻度は低い。
 しかし、大杉谷の登山道は、川面から何十メートルあるような断崖にも鎖場があり、3点支持での歩行が必要である。また、岩場も多いので雨の後などはとても滑りやすく、転倒によって骨折や頭部打撲の心配もある。ヘルメットの着用を進めたい。
(その3)
 次に、万が一事故が発生した場合、東大台などでは携帯電話が通じるエリアも広くなっているし、登山客数も多いため、ビジターセンターまでの連絡をお願いすることもできる。
 一方、大杉谷は、登山口からすでに携帯電話はつながらず、登山口〜桃の木山の家間は4時間20分(参考タイム)、桃の木山の家から粟谷小屋までは3時間10分(参考タイム)の道のりである。(桃の木山の家にはシーズン中スタッフが常駐しており、登山口には衛星公衆電話がある。)さらに、登山客の往来は、バスの運行時刻などから一定の時間に集中し、平日ともなると随分少なくなるため、動けなくなった場合などの緊急連絡は困難である。

 以上のように、大台ヶ原は標高1500m付近に広がる森林美に対して、大杉谷はV字谷の渓谷美に惹かれる。大台ヶ原はドライブウェー開通後観光地化され、文明とは隣接しつつその課題も影を落とす国立公園であるのに対して、大杉谷に一歩足を踏み入れると文明から閉ざされた大自然に包まれる。そして、それらに伴う登山の難易度に対して、入山する際の心構えや装備も自ずと異なってくる。大杉谷は、大台ヶ原に至るルートの1つではない。その渓谷そのものと対峙しゆっくり楽しむべきところである。よって、山頂付近の大台ヶ原と堂倉滝までの大杉谷は別物なのである。

岩壁の回廊は3点支持を厳守    
 
大日ー付近は一枚岩の様相   石清水が滴り落ちる岩盤の間に登山道
 
桃の木山の家は創業1940年(昭和15年)、
現在は4代目のオーナーである。
  2004年9月台風21号による崩落地
 
大杉谷森林鉄道の産業遺構   円形の石積みは炭焼き跡

 大杉谷の見所として、「7つの滝と11の吊橋」という言葉も見かけるが、私的には、数々の「岩壁の回廊」も大きな魅力である。では、以下に、フォトアルバム。

 
千尋滝(センピロ)
大杉谷中最大の落差135mを誇り、山の頂から突然現れたかのような「天空の滝」。
  ニコニコ滝
加茂助谷と本流の出合いの懸谷にかかる二段の滝。ニコニコの由来はなんだろう。
 
七ツ釜滝
日本百名瀑の1つ。滝と滝壷が連続しているが、はたして七段あるかどうか。登山道からは三段見えている。
  光滝
滝つぼを形成していない分、岩盤で砕け散った飛沫に見応えがある。
 
隠滝(カクレ)
吊橋の足元に隠れており、写真を撮ろうと試みるも足元がすくんでしまう。
  与八郎滝
大杉谷の名瀑群の中にあっては記憶の外になってしまうかもしれないが、二筋の美しい滝。
 
堂倉滝
落差は20m余とそれまでの滝に比べて短めだが、水量が多く骨太の滝である。
  堂倉吊橋
1979年に吊橋落橋事故があった場所だが、現在は、堅牢な吊橋が架かっている。
 
 
 
   

 
   

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