Mountain Guide
                         くりんとの登山ガイド

           
   
 東大台周回コース 【 大蛇ー〜滝見尾根〜シオカラ谷】
日本版グランドキャニオン

【大蛇ー〜滝見尾根〜シオカラ谷】
 大蛇ー周辺は、東大台の中でも特異な植生や動物の生態系がある。
 大蛇ーの先端に立つと、突然開けた視界の800m下には東ノ川が一筋の糸のように見え、向かいの逆峠の山肌がすごい迫力で迫ってくる。準平原の台地は、長い年月をかけて東ノ川によって浸食され、このような日本版グランドキャニオンができあがった。
 大蛇ーに向かって右手には、谷を挟んでセイローと呼ばれる岩壁が立ちはだかり、やまびこ(ヤッホー)スポットでもある。右手遠方に目を凝らすと、左から西ノ滝(逆川)、中ノ滝(中ノ谷)が見える。さらに、東ノ滝(シオカラ谷)と続くのだが、こちらは見えず音だけが聞こえる幻の滝である。大蛇ーの先端から100mほど先端には、岩頭「不動返し ー」があり大蛇ーのシンボル的な存在である。約100年前の映像『岸田日出男の遺したもの−吉野群峯−第3巻』(1922年)によると、郡山高等女学校の生徒が大台ヶ原登山を楽しんでいるが、その際、この「不動返し ー」を集団で登攀している様子が映されているのには驚いた。
 このような岩角地は降雨によって表土が削られ土壌の栄養分も少ない。植物の生存戦略の中で、競争相手の少ないそうした場所に適応していったのが、ツツジ科の仲間である。ここ大蛇ーでは、岩場までの歩道沿いにツクシシャクナゲをはじめ、トサノミツバツツジ、アケボノツツジ、ヤマツツジ、シロヤシオなどが見られる。また、岩場付近ではヒカゲツツジ、ベニドウダン、コアブラツツジなどと種類も多い。また、東大台では珍しいコウヤマキも、この場に適応した高木だろうか。
 草本では、岩の凹凸に蓄積されたわずかな土壌に、ヒメイワカガミやコミネザクラ、アワモリショウマ、ミヤマトウキなどが上昇気流に含まれた水分なども利用しながら懸命に世代を繋いでいる。
 この大蛇ーと蒸籠ーとの谷間には野鳥も多く、コマドリやエゾムシクイなど大台ヶ原でも稀少な野鳥のさえずりを聞くことができる。コマドリは「ヒンカラカラ」と馬(駒)の嘶きのようにさえずることが名前の由来であり、奈良県の県鳥となっている。エゾムシクイの聞きなしは、「日月(ひ〜つ〜き〜)」と特徴的なので耳を澄ましてとらえてみよう。 ちなみに、蒸籠ーにむかって「ヤホー」と叫ぶと、きれいなこだまが返ってくる大台随一のヤッホーポイントである。

 
不動返しー   蒸籠ー
 
アケボノツツジ   ヒメイワカガミ

 駐車場までは、中道を戻るルートとシオカラ谷を経由するルートがあり、所要時間に大差はないが、シオカラ谷の方はアップ・ダウンがきつい。この谷に下る尾根筋にはツクシシャクナゲの群落が続き、開花期(5月中旬〜下旬)の花のトンネルをくぐりに来たいなと思う。また、6月に入るとシロヤシオの開花期になるが、この歩道沿いには1本1本枝ぶりの良い見事な個体が多い。さらに、シャクナゲ群落を過ぎると歩道がしばらく平坦になるが、ここにハリモミの大木が自生している。足元を注意すると見慣れないハリモミの松ぼっくりを見つけることができる。その名の通り針のように尖った葉で、この葉と握手をすると飛び上がってしまう。シオカラ谷には吊り橋がかかり、秋になると橋の上から手の届く範囲にナナカマドやカエデ類の紅葉を楽しむことができる。
 この吊り橋から500mほど上流には、元木谷との分岐があり、さらに進むと大正時代に四日市製紙が大台ヶ原の森林伐採を行った時のものと思われる木材の集積所跡が現れる。2015年、大台ヶ原地区パークボランティアの会で調査した折には、シオカラ谷左岸沿いに数百メートルにわたって森林の再生されていない空き地が姿を現し、敷地の石垣や建物のコンクリート製の基礎が残っていた。また、錆び付いたトロッコの車輪やレールもわずかに放置され、金属製の鍋や空き瓶・陶器の破片など生活の痕跡もうかがえた。ここに集積された木材は、曳揚機を使って牛石ヶ原付近まで引き上げられ、堂倉山近くを経て尾鷲まで運ばれたと聞いている。
 吊り橋を渡って急な階段を上りきると再び平坦で広い歩道に出るが、先の木材集積所につながるトロッコ道跡である。その痕跡の1つに、やがて大きな岩盤を掘削した切り通しが現れる。このトロッコ道跡は西大台のナゴヤ谷を経てヤマト谷付近まで伸びていたと思われる。
 この平坦なトロッコ道跡の歩道を歩いていると、ここでも結構高い確率でコマドリのさえずりを耳にすることができる。コマドリはスズタケの植生を営巣地としており、スズタケが減少してきている大台ヶ原において、近年、飛来するコマドリもその数を減らしてきた。ただ、ここは急峻な崖のせいか、ニホンジカからの食害を免れたスズタケが繁茂しており、大蛇ーと並ぶコマドリの繁殖地である。また、アケボノツツジやトサノミツバツツジ、珍しいところではツリガネツツジなど、春先にはツツジ科の花が彩りを添えてくれる。
 長い上り階段を上がりきると、右手に旧大台山の家の建物が目に入るが、2019年現在、営業はしていない。この建物の周りには、カワチブシ(トリカブト科)の群落があり、8月中旬以降には、紫色の美しい花を咲かせる。一方で、根から葉・花まですべてが有毒で、特に根の部分が猛毒として知られているが、厄介なことに、未だこの毒の解毒剤が開発されていないという。ただ、自然界にはこの毒を克服したルリヒラタヒメハムシ(ハムシ科)という昆虫がいて、他の生物との競合を避けトリカブトの葉を独占的に食しているのだ。花が咲く前の7月頃、葉をよく観察してみると、写真のような甲虫を見つけることができる。
 駐車場までの植生は、ミヤコザサの林床に、トウヒやウラジロモミ、ブナやミズナラなどの針広混交林であるが、立ち枯れの樹木に寄生するキノコ観察が面白い。サンゴハリタケやツキヨタケなどを見かけた年もあった。

 
シャクナゲの群落   シロヤシオの開花期
 
木材の集積所跡   切り通し
 
 
 
   

 
   

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