Mountain Guide
                         くりんとの登山ガイド

           
   
 東大台周回コース 【上道〜日出ヶ岳】
日出ヶ岳山頂から見た正木峠

  駐車場から日出ヶ岳に向かう最短ルートは「上道」と呼ばれ、ちょっとわかりにくいが大台ヶ原ビジターセンター左手に登山口がある。
駐車場や宿泊施設の喧騒がまだ漏れ聞こえてくる距離で、コマドリのさえずりを耳にすることがある。「ヒンカラカラ」と馬(駒)の嘶きのようにさえずることが名前の由来であり、奈良県の県鳥となっている野鳥だ。最近の大台ヶ原では、防鹿柵が施された内側にスズタケが再生し、その植生を営巣地とするコマドリが少し戻ってきているようだ。まだまだ場所も限られており、翌年も戻ってくるかどうか観察が必要である。
 上道は、トウヒとウラジロモミが混在する針葉樹林の中を通っている薄暗い森であるが、この針葉樹林こそ東大台の特徴が現れた植生であり、今後この風景が絶滅するのではないかという喫緊の課題がある。紀伊山地では、標高1500m以上にトウヒが見られ、1900m付近になるとシラビソ(釈迦ヶ岳山頂付近)にとって代わる。ウラジロモミは、トウヒ林と混在するもののやや標高の低いところまで見られる。約2万年前の氷河時代には、大台ヶ原にもシラビソが存在したと推定されるが、その後の温暖化によっては絶滅した。今度は、トウヒ林が消滅していかいないだろうかと心配されるが、その理由は、別項で詳細に説明したい。
 トウヒやウラジロモミなどの高木には、3出葉のツタウルシがよく絡まっており、9月ともなる、歩道には、真っ赤に色づいたツタウルシの葉が落ちていることもある。ただ、容易に触れてはいけない。ウルシオールという成分を葉の表面から放出しており、ウルシなどにかぶれやすい人には要注意である。
 それまで平坦だった上道の歩道も、最後の水場を過ぎると石畳の階段となる。展望用テラスまでの登り歩道沿いには、ブナやオオイタヤメイゲツ、シナノキ、サワグルミ、キハダなどの落葉広葉樹が現れ、植生の多様性が楽しい。とりわけ登り口には、バイカウツギの木があり、7月中旬頃には、ウメの花に似た白いウツギの花が出迎えてくれる。この上りの右手には、普段流れの見えない涸れ沢があるが、7月下旬にはバイケイソウ、8月下旬頃からはカワチブシといった山野草が開花させる。

 
トウヒとウラジロモミが混在する針葉樹林   3出葉のツタウルシ
 
約2万年前の氷河時代イメージ図    
 
降水量が多い大台ヶ原のメカニズム   尾鷲方面の海(熊野灘)

 登り切ったテラスからは、天気がよければ尾鷲方面の海(熊野灘)が見える。予備知識がないと空と海と島と尾根の区別がつかず見過ごしてしまうかもしれないが、大台ヶ原が、海岸線から約20kmと、とても近いところにそびえ立っていることがわかる。年間降水量が3500mm以上あり、屋久島と並ぶ多雨地域であるが、紀伊半島の南を流れる黒潮の高温で多湿な空気が標高1500mの大台ヶ原まで吹き上げられ、にわかに雨雲が発生するしくみを想像してほしい。台風一過や秋・冬の雲一つない青空という条件が真東の海にも整うと、早朝に富士山が見えることもある。
 大台ヶ原という準平原の台地のなかで、日出ヶ岳山頂はこんもりと高く、お椀を伏せたような形状で浸食を受けている。この山頂部分は、チャートと呼ばれる硬い堆積岩で、大台ヶ原一帯に多く見られる砂岩の上にのっかっている。山頂にとりつく木製の階段を上り始めた辺りに砂岩とチャートの境界があるはずだが、残念ながらその露頭はない。ただ、チャートそのものは部分的に露出しているので観察されたい。こうした地層はコンプレックスとも呼ばれ、フィリピン海プレートが紀伊半島の下に潜り込む際にできた付加体である。地下で形成されるため、山のてっぺんの地層ほど(砂岩よりチャートの方が)古いということになる。
 少々息を切らしながら標高1694.9mの三角点に登頂する。北西の尾根筋には、巴岳・ナゴヤ岳・如来月が目視でき、さらに三津河落山・日本鼻・大和岳といったピークが尾根上に続く。明治の頃に大台ヶ原を探検した松浦武四郎らは、このルートを好んだのか、各ピークには松浦武四郎建立の石標が建つ。ただ、現在は入山が規制されている。三津河落山は、熊野川・宮川・紀ノ川(吉野川)の分水嶺となっている。
 山頂から真東に下る登山道は、堂倉小屋を経て日本三大渓谷の大杉谷に到る。2004年の水害で通行止めとなっていたが、2014年4月以降全線開通となった。山頂付近にもツクシシャクナゲは多いが、とりわけ山頂から数百メートルの下りは大台ヶ原随一のシャクナゲ畑となっており、開花期はマルハナバチの羽音が絶えない。見頃は例年5月中旬〜下旬である。い。

 
日出ヶ岳山頂はこんもりと高く、お椀を伏せたような形状   山頂付近のチャート露頭
 
標高1694.9mの三角点&松浦武四郎建立の石標(後)   山頂付近のツクシシャクナゲ
 
 
 
   

 
   

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