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シカも食べないトリカブト −有毒植物−

 
 

カワチブシ(キンポウゲ科、開花:8〜10月)

 

バイケイソウユリ科、開花:6〜8月)

【カワチブシ】
 大台ヶ原では、ブナやカエデの紅葉シーズンともなると、駐車場からあふれた車がドライブウェイの路肩にも並びたいへんな賑わいである。実は、私も長く紅葉期の大台しか知らなかったが、紅葉にはまだ早い9月に訪れると、これまで見たこともない艶姿の花に出くわした。その名を調べると、あの猛毒のトリカブトの仲間であることを知り、改めて驚く。ここ大台のトリカブトは、金剛山(河内と大和の国境)で最初に確認されたことからその名のつく「カワチブシ」 またの名を「オオダイブシ」と言う。

 沢沿いや湿地が好きなカワチブシは、8月下旬ともなると、気の早いものから青紫色の花を咲かせる。やがて、マルハナバチの仲間が花から花へと忙しくとびまわり始める。トリカブトの花弁は、マルハナバチと共に進化したものと言われている。その名の通り雅楽の衣装である鳥兜・烏帽子の形に似ているが、私は古代ギリシャ・ローマ時代の西洋兜の方をイメージする。蜜腺は上萼片の一番奥の距にあり、そこにもぐりこんだマルハナバチを2枚の側萼片 がしっかりと抱擁する構造だ。それによってマルハナバチを雄しべと雌しべに効率よく接触させ、ポリネータ―の役割を担わせる。このようにヤマトリカブトの仲間は、マルハナバチとの1対1という関係に特殊化し、放射相称型から左右相称型へ、また平面的な花から立体的な花へと進化した。

 さて、気になる毒性の方だが、根から葉・花まですべてが有毒で、特に根の部分が強い。記紀にも、神武天皇の兄・五瀬命や日本武尊がこの毒にやられたと記され、アイヌもこの毒を狩猟に使うことがよく知られている。塊根は乾燥させて「附子(ぶす・ぶし)」「烏頭(うず)」などと呼ばれており 、漢方薬としても利用される。「一休さん」の話には、もらった砂糖を舐められないために、和尚さんが砂糖の入った入れ物に「「附子」と書いておいた、というくだりが出てくる。
 主な毒成分はアコニチン系アルカロイド(アコニチン・メサコニチン・ヒパコニチンなど)。食後10〜20以内に発症するとされ、口唇や舌のしびれに始まり、次第に手足のしびれ、嘔吐、腹痛、下痢、不整脈、血圧低下などをおこし、けいれん、呼吸不全(呼吸中枢麻痺)に至って死亡することもあるらしい。致死量はアコニチン2〜6mg(耳かき1杯で0.1〜0.2g)。厚生労働省発表によると、全国で毎年数件の中毒事故が発生している。
 厄介なことに、未だこの毒の解毒剤が開発されていないと知る。しかし、自然界にはこの毒を克服した昆虫がいて、他の生物との競合を避けトリカブトの葉を独占的に食 しているのだ。その名は「ルリヒラタヒメハムシ」(ハムシ科)。山野でカワチブシと出会った折には、この人智もかなわない能力を身につけた「ルリヒラタヒメハムシ」にも目を向けてみよう。


トラマルハナバチ♀


ルリヒラタヒメハムシ



【バイケイソウ】
 開花期は1mぐらいの背丈に成長し、白く梅によく似た花を咲かせる。自然観察会などで、花の臭いを嗅いでもらうと一応に顔しかめる。その悪臭と共に、葉・茎・根すべてが有毒であることを伝える。毒性の強いアルカロイドを含み、誤って口に入れると、下痢や吐き気をもよおし、血圧が低下して死亡に至る場合もあると言う。花が開いてから見間違うことは少ないが、新芽が山菜のオオバギボウシやギョウジャニンニクとよく似ている。紀伊山地で増えすぎたニホンジカも、カワチブシとこのバイケイソウは残してくれる。