Home 大台自然観察ノート 大台ヶ原の歴史・文化  
 

大台ケ原森林鉄道を探る2 〜トロッコ道跡編〜

【画像12】掘りかけのトンネル跡

【森林鉄道網/元木谷起動所〜ナゴヤ谷インクライン】
 大台山林事業中止からほぼ100年たった今なお、トロッコ道の痕跡は尾鷲道や東大台・西大台各地で確認できる。
 現在、そうしたトロッコ道跡の一部分は登山道として利用されており、東大台では、シオカラ谷吊り橋を渡り階段を北へ登り切ったところから続く東ノ滝東側の登山道がそうである。途中、固い岩盤も掘削され切り通しとして残っている(※画像1)。この道を北進すると、やがて案内板に行き当たり、ここから駐車場まで急階段の上りとなる(※画像2)。しかし、この案内板の裏手をよく見ると、幅1〜2mの平坦な道が林内を奥に向かって貫いている(※画像3)。トロッコ道は、ここから西大台に入りナゴヤ谷インクラインに通じているのだ。さらに、ナゴヤ谷インクラインから北は、西大台の周回登山道と重なり、標高1400mの等高線に沿ってトロッコ道が走っていた。標高1350m付近を過ぎると、登山道を左手にそれ林内に貫通していく。この延長戦は、七ツ池と開拓跡間で登山道と十字交差する(※画像4)。やはり標高1350m付近で大和谷に近いところだが、そのつもりで目を開いていないとこの交差点は通り過ぎてしまう。
 シオカラ谷に話を戻すと、吊り橋を渡り階段を北へ登り切ったところから、今度は右手に、獣道のようなルートが延びる。環境省設置の標識Y-16が建てられて おり、この奥は歩道でなく進入禁止のロープが張られているが(※画像5)、2015年に大台ヶ原パークボランティアの会で、許可を得てこの先を調査した。シオカラ谷に元木谷が合流する河川敷には、かつて、インクラインの起点となる元木谷起動所や挽材工場が建設された記録が残るが、現在、そうした建屋の基礎部分が広範囲に残っている(※画像6)。また、鉄製のレールや車軸付き車輪も散在し、さらに、鉄製の鍋やビン・茶碗の破片など当時の生活ゴミも放置されたままとなっていた(※画像7)。大台ヶ原の山中において、伐採の歴史が残る異質な風景が隠されていたのだ。

 
【画像1】シオカラ谷手前の切り通し   【画像2】駐車場からシオカラ谷方面に下りてきたところ
 
【画像3】   【画像4】西大台の七ツ池〜中ノ谷間
 
【画像5】   【画像6】
 
【画像6】 【画像7】トロッコのレールと思われる
 
【画像7】 【画像7】トロッコの車輪と思われる

【森林鉄道網/元木谷インクライン】
 元木谷起動所があったとされる場所から、牛石ヶ原方向に目をやると、山の斜面に窪地が一直線に伸びているところがあり、インクラインの軌道跡と推測できる。ここは、1917年6月に元木谷−牛石ヶ原間インクラインが完成し、1918年(大正7)8月に牛石ヶ原−白崩間インクラインが延長された。
 「元木谷起動所」の場所は確かだが、特定の必要なのは「牛石ヶ原荷卸場」と「白崩木材集積所」の正確な場所。四日市製紙の電話線路予定線図や伐採関係図面には、インクラインが元木谷から白崩まで一直線で示されており、それを手がかり現地を歩いてみる。
 まず、白崩木材集積場は山手線軌道の終点にあたり、尾鷲道からトロッコ道跡をたどっていくと、白崩谷の支流を過ぎたところに広範囲な裸地を見つけることができる(※画像8)。真ん中に蛇抜け跡があり、その西側には磁器のビンの破片など生活臭の痕跡が散在している(※画像9)。元木谷起動所のような建屋の基礎跡を探すが見当たらない。しかし、この裸地がインクラインの起点であったことはまちがいないだろう。先の図面が正確だとすれば、元木谷起動所まで一直線に軌道が敷かれていることから、牛石ヶ原荷卸場は、現在、歩道が交差し、環境省設置の標識Y-13がちょうど立っているところと推定する(※画像10)。大正11年に三重県知事に随行した伊勢新聞の記者は、「熊笹の草原が広がり、そこから十数年盛んに伐採された森林痕跡を目にする」と記述していることから、当時、既に現在とあまりかわらない風景だったのかもしれない。

【森林鉄道網/岩井谷〜白崩木材集積所】
 岩井谷から登ってきた山手線軌道は白崩木材集積所が終点であるのだが、実は、その先もトロッコ道跡が西に延びており、谷を渡る箇所には未だ石積みの橋脚が残っている(※画像11)。そして、最終的には大蛇ーに近いところでトンネル跡にたどり着く(※画像12)。ただ、砂岩の岩盤は10m程度しか掘られておらず、水が貯っている。計画としては、大蛇ーの尾根下を掘り進み、その後は東ノ滝方面に軌道を進める予定であったようだ。大蛇ー北側にもトンネル跡が残っているそうだが、未だ確認できていない。
 白崩木材集積所から岩井谷方面へのトロッコ道跡もはっきりと残っており、途中、レール杭が打たれたままの枕木を見つけた(※画像13)。尾鷲道の白サコで登山道と合流するが、そこから再び登山道と袂を分けて岩盤を迂回する(※画像14)もまた合流。やがて、西側 に沿う低い尾根を乗り越え岩井谷方面に向かうことになるが(※画像15)、ここから先は未調査である。

 
【画像8】この広大な裸地が木材集積所跡か   【画像9】
 
【画像9】金属製の煙突のようなもの   【画像10】牛石ヶ原荷卸場跡
 
【画像10】白崩に向かってトロッコ跡のような溝が   【画像11】切り通し
 
【画像11】橋脚跡   【画像13】枕木とレール杭
 
【画像14】    【画像15】岩井谷方面に続く

<備考>
大台ヶ原には、自然公園法により特別保護区に指定されているエリアが多く、歩道を外れて入山することには制約があるが、このページの調査は、2015年、大台ヶ原地区パークボランティアの会が入山の許可を得て調査したものをベースにしている。