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大台ケ原森林鉄道を探る 〜歴史編〜

シオカラ谷上流の元木谷起動所跡

 1910(明治43)年に、大台ヶ原の山頂周辺が四日市製紙に売却された。四日市製紙は、相賀(三重県)から木津、樫山、岩井谷を経て堂倉山付近までトロッコや索道などの運搬施設を整え、1917(大正6)年には、元木谷−牛石ヶ原間インクラインが開通、本格的に搬出出荷を開始したという。「ヒノキ二尺廻り以上八尺廻りまで約十万本、中ノ谷周辺に、トチ・ブナ・カエデ類幾十万本...」(※1)と見積もり、「15万円以内の買収であれば、原料材と桧の伐採により償却が可能とし、伐採の後には二代目の木々の生長により20年後には伐採が可能で又収益が得られる」(※2)と採算を見込んだ。
 1920(大正9)年3月には、四日市製紙株式会社と富士製紙株式会社が合併し、富士製紙となる。同年8月には、元木谷−名古屋谷インクライン間の林内軌道完成、さらに名古屋谷インクラインも開通し、西大台まで伐採が進む。これらの事業も、当初は、製紙パルプ材料の調達が目的だったが、やがて木材・製材販売に変わり、1921年(大正10)には木材不況となる。同年1月には、大台林業株式会社が設立されており、大台山林事業は富士製紙より分離独立した形となるが、1922(大正11)年、木材市況の低落によりついに不採算に耐えかねて事業中止に至ったと記録されている。(※3)

【参考文献】
※1)重盛信近「山林探検記録」『103 大台山書類』所収、上記文献参照
※2)川端一弘「四日市製紙による大台ケ原トウヒ林伐採について 補足」『生物学史研究』 no.70 2002 参照
※3)『三重県の森林鉄道−知られざる東紀州の鉄道網−』片岡督・曽野和郎著

西暦

元号

大台の歴史

1899 明治32 大台教会本殿ほか付属の建物がすべて完成し、信心の有無にかかわらず、すべての登山者に宿泊設備が提供された。総工費58,000円はすべて浄財で賄われる。
1910 明治43 四日市製紙が大字小橡と大字西原が所有する山林の大台ヶ原を買収
1911 明治44 オオダイガハラサンショウウオ発見
1917 大正6 元木谷−牛石ヶ原間インクライン開通(6月)※3、(株)四日市製紙が本格的な搬出出荷を開始
1918 大正7 牛石ヶ原−白崩間インクライン延長(8月)※3
1920 大正9 四日市製紙株式会社と富士製紙株式会社が合併し、富士製紙となる(3月)※3
元木谷−名古屋谷インクライン間の林内軌道完成、名古屋谷インクライン開通(8月頃)※3
農商務省山林局が大台ヶ原観測所設置(昭和13年廃止)
1921 大正10 大台林業株式会社を設立し、大台山林事業は富士製紙より分離独立(1月)※3
1922 大正11 内務省、国立公園指定予備調査のため入山
岸田日出男らによって、大峯奥駈道や大台ケ原の映画フィルム『吉野群峯』制作
伊勢新聞「秋の大台山」※三重県知事に随行(10月に連載)※3
大台山林事業中止※3
1925 大正14 大台教会〜河合間に長距離有線電話が開通
1928 昭和3 神武天皇銅像が完成し牛石ケ原に設置
1932 昭和7 大台山林は王子製紙に売却※3
1936 昭和11 吉野熊野国立公園に指定

【大正11年伊勢新聞の大台山紀行】
 大台ヶ原の豊富な森林資源を相賀まで搬出する手段として施設された運搬手段は、『伊勢新聞』大正11年10月21日〜29日の連載記事「秋の大台山」から詳細に知ることができる。同社の漕濱生記者が三重県山脇知事の視察に同行したもので、汗だくになって登るというより、トロッコで運んでもらうなど接待登山に近いものであった。大正11年は、大台林業株式会社の運営に変わっており、大正12年に事業が中止となっていることから、 木材運搬施設もほぼ完成形であったと考えられる。

相賀-----(銚子川沿トロッコ:3〜4人一組になり、犬が先頭で後から人夫 2人が押す)-----津-----猪ノ谷・・・(徒歩、電光形の樫山登山路、上空には架線)・・・岩井谷-----(トロッコ、途中岩井谷索道あり、再びトロッコ、途中岩井谷隧道あり)-----白崩(貯木場、山手線起動終点)――(インクライン)――牛石ヶ原山頂――(インクライン)――元木谷(挽材工場)・・・大台教会


【木材の搬出方法】
○木馬道(きんばみち、きんまみち)
木馬と呼ばれるソリのような荷台に材木を載せ、丸太の上を人力で滑らせて運ぶ。
○トロッコ(軌道)
明治34年に八幡製鉄の操業が始まるが、鉄鋼は高価で、角材の木製レールや角材に鉄板を打ち付けて使っていた時代もあった。鉄製レールの軌間も610mmと762mmがあった。機関車はなく、下りは荷重による自然走行、上りは手押しで、ブレーキは付いていた。空トロッコは、スーパーカブで牽引することもあったようだ。また、伊勢新聞の記者が三重県知事の大台ヶ原視察に同行した際は、トロッコを利用しており、3〜4人一組で乗車し、先頭は犬に引かせ後から人夫二人に押してもらったようだ。
○インクライン
緩やかな傾斜地で物資を輸送する際も、索道ではなくトロッコのような軌道を複線で施設する場合がある。仕組みはケーブルカーとよく似ており、荷重を利用して輸送するものもあれば、曳揚機を使って上げ下ろしするものもある。
○索道
空中に渡したロープ(架線)に輸送用機器を吊り下げ、人や貨物を乗せて輸送を行う。ロープウェイやリフトなども索道の仲間である。

【参考文献】『三重県の森林鉄道−知られざる東紀州の鉄道網−』片岡督・曽野和郎

 
  山手線軌道二ノ俣
 
牛石ヶ原荷卸場   山手線軌道終点(岩井谷)
 
元木谷インクライン   元木谷から牛石ヶ原に伸びるインクライン跡
 
元木谷起動所   元木谷に残された建屋の基礎跡

<備考>
大台ヶ原には、自然公園法により特別保護区に指定されているエリアが多く、歩道を外れて入山することには制約があるが、このページの調査は、2015年、大台ヶ原地区パークボランティアの会が入山の許可を得て調査したものをベースにしている。