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増えすぎた大台ヶ原の神鹿

奈良公園では春日大社の神鹿、大台ヶ原では?

【森林衰退の原因】
○ 昭和30年代に襲った伊勢湾台風1959年(昭和34)や第二室戸台風昭和1961年(昭和36)などの影響で、正木ヶ原一帯を中心にトウヒやウラジロモミなどの針葉樹が大量に倒れ、林床に光が差し込むことで急速にミヤコザサ草地が広がった。この時点で、倒壊を免れた針葉樹もあったが、林床の乾燥が進み、苔の衰退、成木の枯死・消失、そして、後継樹や下層植生が減少・消失していった。
ミヤコザサ草地が一時的に広がったとしても、やがて元の森林へ遷移していくはずなのだが、以下のようにニホンジカの出現によって外的圧がかかることになる。
○ 1962(昭和37)年に「森林法」が改正され、これまでの伐採許可制が大幅に緩められると、森林資源の生産力増大が図られた。それに伴い、大台ヶ原周辺でも森林伐採が進み、下層植物が一時的に増加することで、それらを餌にしているニホンジカの個体数も増加し、増えすぎたシカが大台ヶ原にもやって来た。
 先の台風以降、ミヤコザサ草地が増えていた大台ヶ原は、ニホンジカにとって主食草原の広がる好適環境となっていた。また、ニホンジカは、ミヤコザサのみならず後継樹の稚樹を含む下層植生の採食を続けると共に、トウヒやウラジロモミなどの剥皮も行い、母樹の衰弱・枯死にまで及んだ。
 結果的には、ニホンジカは自らの手で自分たちに都合のよい植生環境(半森林・半草原)を維持・拡大し続けていったと言える。一方、ミヤマシキミやバイケイソウなどの有毒植物やミヤコザサのような被食耐性のある植物が残り、林床植生は単純化している。
○ 大台ヶ原は、明治時代に「信仰・修行の場」として、大正時代からは「登山」の対象としての利用が主流であった。しかし、1961(昭和36)年に県道大台ヶ原公園川上線(通称:大台ヶ原ドライブウェイ)が開通するとアクセスが容易になり、登山から「観光」の対象へと変化し、利用者も一気に増えた。
 その結果、歩道外への立入りによる下層植生の衰退、歩道の洗掘や複線化、植物の盗採など長期間にわたって自然環境への利用圧が及ぶこととなった。
○ さらに、ここ100年間で、日本の年平均気温が1℃上昇するなど、高山性針葉樹林への地球温暖化の影響も無視できない状況が迫っていると考える。また、大台ヶ原南東に尾鷲火力発電所が位置し、その煤煙が正木峠南東斜面のトウヒ林の樹勢に影響を与えているのではないかという指摘もある。

正木峠南東斜面(2014年)

【大台ヶ原自然再生推進計画の目標】
 環境省近畿地方環境事務所は、2005(平成17)年1月に第1期大台ヶ原自然再生推進計画を策定し、「天然更新により後継樹が健全に生育していた昭和30年代前半までの森林の姿」の再生をめざす長期目標を掲げた。2009(平成21)年3月には、第2期大台ヶ原自然再生推進計画が示されているが、@森林生態系保全再生、Aニホンジカ個体群の保護管理、B新しい利用の在り方推進の3つの分野で、具体的な取組が推進されている。
 ただ、順調に進められたとしても、昭和30年代前半までの森林の姿を取り戻すには100年かかると言われているが、現実的には、不可逆的な変化が生じてしまったという見解もある。

【ニホンジカによる森林への影響】
○ なぜ樹皮を食べるのか
 これまでニホンジカによる剥皮は、餌の少ない冬季に空腹を満たすため行うと考えられてきたが、大台ヶ原では、夏季(7〜9月)の剥皮の発生が最も多井という調査結果が報告されている。大台ヶ原の夏季は、主食であるミヤコザサが質・量共に十分ある時期であ、餌不足とは縁遠い。参考となるのは、McIntyre(1972)がアカシカによる剥皮の発生要因としてあげた以下のポイントである。
 ・樹皮が微量元素やビタミン、アルカロシド、タンニンなどを含んでいるため。
 ・柔らかい餌を食べた際にルーメン機能を適正化させるための粗繊維が必要。
 ・樹皮はエネルギー価やミネラルの栄養価が高い。
○ ミヤコザサとスズタケの戦略の違い
 ミヤコザサの地上部の寿命は1〜1.5年で毎年全てが生え替わるのに対して、スズタケは5〜6年と寿命が長い。つまり、シカの採食を受けたときのダメージはスズタケの方が大きい。また、ミヤコザサの冬芽は地際につけるが、スズタケのそれは桿の途中にも付けるため、よりシカの食害の影響を受け安いということになる。
 ただ、本来なら80cmほどの背丈になるミヤコザサも、ニホンジカによる継続的な食圧によって15cmほどに刈り込まれ、イトザサと呼ばれる形態に矮化している。
 さらに、そうした影響はスズタケ植生を営巣地としている奈良県の県鳥コマドリにも及ぶ。近年、台高山系や大峰山系のコマドリがその生息数を減らしている一因に、ニホンジカ食害によるスズタケ植生の減少が考えられている。

 
矮化しながらも拡大するミヤコザサ   細々といき生き残るスズタケ
 



大台ヶ原における
1km2あたりのニホンジカの生息密度(頭数)

「大台ヶ原自然再生推進計画(第2期)」パンフ引用

針葉樹の剥皮跡    
防鹿柵内(右手)に蘇る林床植生 ※西大台七ツ池付近

【ニホンジカから森林を守るために】
○ニホンジカ個体群の保護管理
 目標生息密度を10頭/km2と設定してニホンジカによる自然植生への影響を少なくするため、個体数調整を行っている。
○森林生態系の保全再生
 母樹への剥皮防止用ネットを施し森林減少の抑制を行うと共に、防鹿柵を設置して物理的にニホンジカが侵入できないエリアを設け、森林更新保全の場を整えている。

【参考文献】
『大台ヶ原の自然誌』東海大学出版会2009
「ニホンジカが森林生態系に与える負の影響」横田岳人(森林科学61 2011.2)
「大台ヶ原自然再生推進計画(第2期)」環境省近畿地方環境事務所(平成21年3月)