映画『となりのトトロ』の舞台のイメージとして、埼玉県所沢市在住の宮崎駿監督は、狭山丘陵をその1つにしたと言われている。ならば、そこは是非訪ねてみたい場所であ
り、映画の中で中トトロが袋に貯め込んでいたどんぐりの種類や、メイが大トトロからもらった木の実の種類などを探り当てたいと企てていた。
実はこの夏、上京の機会を得た。しかし、首都圏には全く土地勘がないので、今回は、所沢のトラスト取得地「トトロの森」を目指すことにした。
池袋から西武線に乗って西武球場前駅までなら、私にも難しくない。ただ、球場前駅から歩いての散策を試みたが、炎天下汗だくとな
り、下準備不足だった。(笑)
狭山丘陵地は、戦前までなら、サツキとメイが引っ越してきたような田園と里山が織りなすのどかな風景が見られたのだろう。しかし、その後は西武グループなどによって大規模な開発が行われ、かつての田園風景がどんどん失われていった。そうした危機感から、狭山丘陵地の豊かな環境を守ることを目的とした、狭山丘陵ナショナルトラスト「ととろのふるさと基金」が発足し、市民からの寄付金によって初めて森を買い取ったのが1991年。そこは、「トトロの森1号地」と命名された。それ以降も土地を買い取り保全するナショナル・トラスト活動を展開され、2012年3月現在、16号地まで広がっている。一方で、埼玉県主体の「さいたま緑のトラスト運動」
も発足し、さいたま緑のトラスト基金が取得した保全地も、1号地付近に併設されている。
いよいよトトロの森に、興奮しながら足を踏み入れた。とりわけ、関東と関西の里山の植生の違いを見つけたいと目を凝らして歩いてみたところ、以下の表の通り。私が見慣れてきた奈良の里山と、
植生は何ら変わりはないではないか。1号地周辺では、アラカシやシラカシ、ヤブツバキやヒサカキなど見られたが、それが証拠にここも元来照葉樹林帯である
ようだ。
映画では、鎮守の森の巨大なクスノキが御神木として祀られ、この地域の里山を象徴するかのように描かれている。トトロのねぐらも、どうやらこのクスノキの洞である。このクスノキも、照葉樹林帯を代表する樹種である。そうした照葉樹林の森を切り拓き、薪炭用にクヌギやコナラを
植えては利用し、林床の落葉は田畑の腐葉土となった。こうして人の手が加えられてきたのが里山であり、2次林
とも呼ばれている。決して、「雑木」林ではない。
ここトトロの森1号地では、ヒノキなども植林されている。こうした里山は、人の手が入らないとどんどん荒れていくが、さすがにトラスト取得地であり、下草が刈られるなど一定の管理がなされている。しかし、東斜面では竹林が広がり、トトロの森1号地への侵入も進んでいる。里山が竹林によって浸食されてしまう光景は、奈良の大和三山の1つ香具山でも問題となっており、
ここでも同じ課題が見られる。
トトロの森1号地・緑のトラスト保全第2号地の主な植生 |
常緑広葉樹 |
アラカシ、シラカシ、ヤブツバキ、サカキ、ヒサカキ、アオキ |
落葉広葉樹 |
クヌギ、コナラ、リョウブ、ヤマザクラ、イヌシデ |
針葉樹 |
ヒノキ、アカマツ |
その他 |
アズマネザサ、タケ(種不明) |
唯一顕著な違いを見つけたのがこの地域の赤い土壌。私の住む金剛山麓は、花崗岩が風化した真砂土の上に腐葉土がのっかった感じで黒いが、狭山丘陵
の場合、畑の土
がまず赤い。社会科で、「関東ローム層」という赤土のこと学んだが、はたしてこの土がそうなのか。狭山丘陵の土壌について少し調べてみると、「多摩ローム層」というので覆われて
いるらしい。ローム層(火山灰質粘性土)とは、降り積もった火山灰が数万年〜数十万年かかって風化してできた赤褐色の土のことだという。
映画の中で、草壁家が引っ越してきた家に通ずる道は、ハーフパイプのようになっていて、その両側には赤土が露出していた。宮崎監督の描写はさすがに細かい。
こうした土壌の違いはあれど、その上の植生は西と東で
大差がない。気温や降水量はさほど変わらないのだろう。
西日を浴びながら、近鉄電車で奈良盆地まで帰ってきた。車窓には大和の里山が広がるが、やがて吉野の里に差し掛か
ると、もはや里山というよりは紀伊山地の裾野をなす。近鉄電車の行く手を阻むほどの緑の豊かさに、もはやここではナショナルトラストというプロテクト
は必要ない。そういうところがわが故郷であり、あらためて有り難さを悟る。 |