和歌山県那智勝浦町にある宇久井ビジターセンターの案内では、「宇久井海と森の自然塾」が光るキノコであるシイノトモシビタケ観察会を、毎年催している。
シイノトモシビタケ(キシメジ科)が発光するキノコとして知られるようになったのは、1951年に東京都の八丈島で発見されのが最初で、1995年に紀伊半島(和歌山県すさみ町)でも自生していることが分かったそうだ。ちなみに、八丈島には
7種類の発光するキノコが見つかっており、紀伊山地でも、ツキヨタケ(ホウライタケ科)といって、ブナなどの立ち枯れにシイタケによく似た形状の傘(子実体)を生長させる光るキノコがよく知られている。
シイノトモシビタケの学名はMycena luxcoeli(ミケナ=ルックスコエリ)、ラテン語で「天国の光のキノコ」という意味らしい。ルシフェリンという物質と酵素のルシフェラーゼとの反応で光るホタルとは異なり、光るキノコの場合、多くのキノコに含まれている「ヒスピジン」というフェノール性化合物と、発光キノコだけに含まれる酵素とが反応することで緑色に光るそうだ。
なぜ光るのかよく分かっていないようだが、一説には、光ることで虫をおびき寄せ、胞子を運んでもらうのではないかと考えられている。キノコは、光る以外にも、臭いや味覚などでおびき寄せ、それを食する虫や軟体動物も多いが、胞子は消化されにくいそうだ。
【宇久井半島目覚山】
「宇久井海と森の自然塾」に案内していただけるシイノトモシビタケの自生地は、2001年に発見された宇久井半島の目覚山(めざめやま)である。宇久井半島は陸繋島と陸繋砂州(トンボロ)から成り立っており、目覚山の標高は47.6m。山頂付近には水底神社(みそこじんじゃ)が祀られ、漁の安全を祈願するためのものだとうかがった。目覚山に隣接して、かつて、マリンエキスプレスの定期航路が就航していた那智勝浦フェリーターミナルが跡地として施設ともに残っている(2005年6月定期航路廃止)。したがって、一帯は地権者が立入禁止にしており、「宇久井海と森の自然塾」主催の観察会
に参加しないと、個人で立ち入ることができない。一方で、社叢林として保護され、里山的な利用は制限されてきたことが、
シイノトモシビタケを含めこの山の多様性が維持されてきたのだろう。
「宇久井海と森の自然塾」の案内で、10名未満のグループごとに入山する。子実体の成長が活発になる降雨後が観察に適しており、こちらの観察会も
、梅雨期の6〜7月と秋雨前線が停滞する9月に実施されている。各々懐中電灯で照らしながら誰よりもいち早く見つけようと心もはやるが、初めての動植物に対面する場合、たいがい視線の持って行き場所が見当違いで、やはりガイド役の案内が的確である。水は流れていなくても谷間のような傾斜地に地下水は集まるもので、そうした場所にガイドが誘導し視線の斜度を委ねると、ほのかな灯りが目に入ってくる。もちろん、懐中電灯などで照らしては、光っていることが余計にわからなくなってしまう。最初は、「どこ、どこ?」と慌てていた声も、暗闇に瞳孔がなじんでくると、多くの人々の目に灯りが映り込みあちこちで感嘆の声が飛び交う。
シイノトモシビタケの名の由来どおり、スダジイの倒木や朽木に群生するが、ホルトノキやヤマザクラなどにも見られるそうだ。
この日、初めて訪れて、初めて目にしたシイノトモシビタケだが、何カ所か案内を受けたささやかな経験値であっても、次第にその在処の大凡の見当がつき、自分自身でも第一発見者になることができる。さて、明るい場所ではそもそもどんな形状のキノコか気になり懐中電灯の光を当ててみると、薄焦茶色で数センチほどの高さの小さなキノコが現れた。この観察会では
、写真撮影は禁止で、その代わり、以前に撮影されたシイノトモシビタケの写真を記念にいただける。
【すさみ町】
宇久井半島の目覚山は、今のところ個人では立ち入れないが、シイノトモシビタケの自生地は、和歌山県すさみ町から三重県熊野市までの紀伊半島南岸に広がっていることがわかって
いる。では、例えば、すさみ町のどこななのか、熊野市のどこなのか、那智勝浦町では他にどこで見られるのか、ネット上で探ってみるが、2021年6月の時点では、目覚山を除けば
ほとんど見あたらない。
私自身、断片的な情報を頼りに、すさみ町の某所に目星をつけ、6月の週末、午後7時半頃に森を探索する。しばらくは、私以外に人の気配はなかったが、やがて懐中電灯を携えたグループが複数右往左往しているのを感じることができた。一組に声をかけると、私と同じ目的で入山しており、
地元では光るキノコの自生として知られた場所なのかもしれない。
目覚山で会得した経験値をもとに、丁寧に歩いて行くと、結果的には、この日この森で唯一の群生地に遭遇することできた。大きな倒木から子実体をいくつも成長させていはいるもの、それぞれが1〜2cmほどの柄で、写真撮影はなかなか難行
でる。1時間ぐらいその場所に座り込んでいただろうか。ささやかなその日の成果は、掲載写真の通りである。
【ツキヨタケとシイノトモシビタケ】
紀伊半島に自生する光るキノコは、ツキヨタケとシイノトモシビタケだが、シイノトモシビタケの方が強く発光し、肉眼でもとらえることができる。子実体が発生し成熟してしおれるまで約1週間。発生しはじめの方が強く光っているような気がする。光が傘を透かして届いてくると、襞の1本1本の線が陰となって映るためいっそう幻想的である。
一方、ツキヨタケは、その傘はシイタケほどある大きさにもかかわらず、光は弱く、傘の裏側からしか確認できない。長時間露光の可能なカメラを向けてはじめて鮮やかな蛍光色の緑色が映るもの、肉眼では
写真のようには見えない。その点、シイノトモシビタケの方が、何倍も楽しませてくれる。 |