釈迦ヶ岳は、深田久弥の日本百名山に漏れているが、選ばれた大台ヶ原山や大峰山に何ら勝るとも劣らない名峰である。近畿の屋根と言われる八経ヶ岳
(1915m)でさえ、森林限界を越えておらず、そこにとりつく尾根や山頂からの見晴らしはさほど開けていない。ここが3000m級の山々が連なる日本アルプスなどと決定的に異なるところである。森林限界の越えた稜線に沿う登山道を歩くのは、とても気持ちがいいものである。ところが、旭登山口から釈迦ヶ岳に至るルートには、森林限界内の標高にもかかわらず、尾根筋を走る登山道の視界は開け、山頂からは360度のパノラマを望むことができる。大峰山脈は南北に伸びているが、旭登山口からの登山道は東西に走り大峰山脈に垂直にぶつかるイメージ。(厳密には北東に延びている。)したがって、南斜面は風衝地となり、尾根付近の森林が衰退している。一方、北斜面は風背地となってオオイタヤメイゲツ林が広がる。とりわけ、標高1500m付近から古田の森、千丈平にかけて尾根筋を這う登山道は、前方に開けたルートを見通せ、釈迦ヶ岳山頂も常時視界に入っている。
植生を見てみると、登山口からしばらくは、ブナ、ヒメシャラ林に混じってツクシシャクナゲやシロヤシオが顔を見せる。標高1400mを越えなだらか尾根に出ると、見事なバイケイソウ畑が広がる。これ以降、林床はバイケソウとミヤコザサがせめぎ合いが続く。一方、樹木としてはオオイタヤメイゲツが優勢種としてしばしば純林がみられる。
千丈平(1660m)までは、快適な登山だが、ここから心臓破りの急坂が始まる。そして、このあたりから、優勢種はトウヒ林にうって代わる。トウヒは、紀伊山地では標高1600m付近からみられる亜高山帯の植物だが、大台ケ原(日出ヶ岳1695m)などでは地球温暖化の影響か世代交代が進んでいない。こちらのトウヒ林も稚樹が育っているかどうか気になるが、刈り込まれたようなミヤコザサ原を見る限り、シカの食害も含めて気がかりになる。
大峰奥駈道に合流し、山頂間近の気配を感じる頃になると、今回のお目当てダケカンバ林が視界に入ってくる。ダケカンバは、シラカバやハンノキなどと同様のカバノキ科の植物で、森林が何らかの理由で破壊されたギャップに真っ先に生える木で成長も早い。ただ、カバノキ科の中でも亜高山帯の上部、森林限界付近に自生するのがダケカンバで、近畿及び紀伊山地でも、ここがほぼ唯一の自生地である。若木では赤褐色から灰褐色でサクラのような光沢があって美しく、シラカバのように薄い樹皮が横にはがれ、識別しやすい。トウヒ林もそうだが、より標高の高いところを好むダケカンバこそ、地球温暖化の影響を受けやすく、絶滅が危惧される。ただ、私の予想を裏切って、ここには結構な数の純林に近いものがわずかな面積に広がっている。
山頂には、
釈迦ヶ岳のシンボル「釈迦如来」が鎮座する。この釈迦如来像は大正13年、大峯の強力岡田雅行氏(オニ雅)が一人で担ぎあげたといわれている。何の障害物もない山頂に年中さらされているこの仏像の倒壊を防ぐため、平成19年に再び修復工事を終え現在に至っているそうだ。
『和州吉野郡群山記』畔田翠山(1847年)によると、江戸時代の山頂の様子が現在と少し異なり、木造の釈迦如来が鎮座していたという。
「釈迦嶽頂上に釈迦堂があり、一間半四方で東向き、四阿建て、板屋根、板壁。堂の中には、高さ一尺の釈迦木像が安置され、左に文殊木像、右に普賢木像(共に高さ8〜9寸)。釈迦堂の前の大峯道を隔てて籠堂が一棟あり、西向き、表口三間、奥行き一間半、板屋根板壁である。」
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