弥山川双門の滝コースは、奈良県大峰山系で、最も事故の多いルートの1つである。2020年8月だけでも、1件の滑落事故死ともう1件救助要請があり防災ヘリが飛んだと報道は伝える。
○熊渡から狼平まで約8時間。ハシゴによる高い垂直移動や痩せ尾根を伴う難路、そして渓谷の岩場歩きと、一般的な尾根道の8時間ではない。十分準備の整った脚力と体力がなければ踏破できないし、途中引き返すことはより危険が増す。さらに、弥山小屋泊ならプラス1時間の上り、日帰りなら、頂仙岳・金岩橋を経て3時間の下りが待っている。
○大杉谷もそうであるように、深い渓谷ルートは岩場や岩礁を縫うようにひらかれており、ひとたび転倒や滑落が起こると、骨折や頭部打撲によって身動きがとれなくなる確率が高い。最低限頭部を守るためにも、ヘルメットの着用は必須である。
○大杉谷の場合、人気コースゆえ登山客も多いが、ここは人影が極めて少ない。大雨ごとにルートも荒れ、経験がないと誤った踏み跡を辿ってしまう。万が一の場合、だれにも助けを委ねられない可能性が高く、経験ある同行者との山行が必須である。
熊渡(くまど)から林道を経て白川八丁までは、林道を歩く。白川八丁は伏流水となっており、ふだんは花崗岩である大小の白い石で埋め尽くされ歩きやすい。最初の滝は「釜滝」だが、この日は2週間以上雨が降っておらず流芯がか細かった。やがて、プレハブハウスのような大きさの巨岩が幾十にも重なる渓流に様変わり、出水時の迫力を想像すると身がすくむ。弥山川には奈良県指定天然記念物のイワナが棲息している。川迫川にもイワナはいるが、こちらは釣りのために放流したニッコウイワナである。弥山川のイワナは地域固有種で、地元では「キリクチ」と呼んできた。しかし、この日は渇水状態で簡単に姿を現してくれなかった。
熊渡から2時間余りで、一ノ滝・二ノ滝に到着。立派な吊り橋も整備されており、間近に滝と向かい合える。この上に三ノ滝があり、さらにその上流にこのコース最大の目玉である双門の大滝がある。これらを総称して「双門の滝」という説明もあれば、大滝のみを指している場合もあり、実際どうなんだろう。一ノ滝の吊り橋を過ぎると、いよいよ鉄梯子の上りが幾つも待ち受けている。その後、約1時間半の格闘で仙人ー前のテラス(滝見平)に到着。日本の滝百選の一つである双門の滝(大滝)をカメラに収めるには、このルート上ここが唯一の撮影ポイントである。しかし、この日、午前10時頃にはガスがかかっており滝の音しか聞こえていなかったが、早い昼食をとっていると、みるみる間にガスが晴れ、くっきりと大滝が姿を現した。法隆寺の百済観音のようにスマートでスタイルのよい落差約70mの滝だが、撮影箇所はここだけだし、だれがどう撮っても同じような滝風景にしか写らないのは悔しい。せめて新緑や紅葉の季節に再会したいものである。
双門の滝を過ぎると、ここから後半の約4時間、いよいよ正念場である。不明瞭な踏み跡や見失いがちな目印も多く、右往左往することもしばしば。地図アプリとにらめっこしながら、弥山川から外れないよう心がけるが、どうにも心細い。途中、大崩落地を眼のあたりにする。ここには河原小屋があったそうだが、跡形もなく落石に飲み込まれている。2011年(平成23)8月25日に発生した風12号は、大型で動きが遅かったため長時間にわたり非常に湿った空気が流れ込み、西日本から北日本にかけての広い範囲で大雨となった。奈良県上北山村にあるアメダスでは72時間雨量が1976年からの統計開始以来、国内の観測記録を大幅に上回る1,652.5mm、総降水量は1,808.5mmに達したという記録的な大雨である。その結果、「紀伊半島豪雨」あるいは「紀伊半島大水害」とも呼ばれる甚大な被害を紀伊半島にもたらした。この大雨によって、ここ弥山川でも大崩落が起こっていたのである。 |