【紀州富士】
京奈和自動車道を奈良から和歌山向きに走っていると、右手に和泉山脈が望めるが、岩湧山や和泉葛城山など標高900m近い山々までは懐が深く、容易に近づけそうにない。2020年に日本遺産に認定された「葛城修験」が息づく山々で、役行者が法華経を1品ずつ埋納したという28の経塚があり、今なお修験者たちは、その経塚や縁の寺社、滝や巨石を山林抖擻(とそう)している。
一方、紀ノ川を挟んで左手には、果樹園として拓かれた山々が続いているが紀の川I.C.付近まで来ると、頂上付近が平になったひときわ大きな山が目に入る。「紀州富士」と呼ばれている龍門山だ。しかし、紀州の富士とその姿を標榜するには、少し扁平だなあと納得いかない。ところが、紀の川のさらに下流付近から龍門山を見ると、確かに美しい円錐形の富士に姿を変えていた。地形図を見ると、山頂付近は東西に延びた尾根になっており、西側から望んだ姿に富士が映し出されるのだとわかった。
【和歌山県天然記念物キイシモツケ】
龍門山登山のための公的な駐車場が、JA紀の里龍門選果場前に設置されている。そこから集落を通り抜けて果樹園の農道を南進するが、軽四なら登山道の取り付き付近のスペースにも数台駐車することができる。
今回、標高756mの龍門山を正面に、時計回りで周回するコースを選んだ。めざすは田代峠。そこまで辿り着けば、あとは緩やかな稜線に沿った尾根歩きを楽しむことができる。
6月上旬は、キイシモツケ(バラ科)の開花時期。この植物は和歌山県の固有種で、龍門山の標高600
m
以上にあるキイシモツケ群落は、和歌山県天然記念物に指定されている。発見当初、葉の形から独立した新種とみなされたそうだが、現在は、トサシモツケとともに、イワシモツケの変種として扱われているそうだ。
ちなみに、紀伊山地には、ピンク色の花を咲かせるシモツケソウ(バラ科)という植物があるが、シモツケソウは草本、シモツケは木本である。
【蛇紋岩とキイシモツケ】
この植物の興味深いところは、生育地が和歌山県北部の蛇紋岩(じゃもんがん)土壌地帯3か所に限られているというところである。一般的に、この土壌は植物の生育にとっては好ましくなく、中でもニッケルイオン(Ni
2 +)
が特に有害であるらしい。キイシモツケがいかにしてこの有毒物質の耐性を獲得していったか興味深いが、一説には、過酷な環境で生育することによって、他植物との生存競争を避けることができたのではないか、また、体内に有毒なNi
を蓄積することで、虫害から身を守ることができるのではないかとも考えられている。
さて、この山を形成している蛇紋岩だが、マグマが地下深部でゆっくり冷えて固まってできた「かんらん岩」が、水分の作用を受けて変質してできた岩石である。岩石の表面に蛇のような紋様が見られることから、「蛇紋岩」という名が付いた。龍門山山頂部では、岩全体が磁石となっている蛇紋岩の岩石「磁石岩」や「風穴」と呼ばれる洞穴などが見られる。また、「風穴」と共に「明神岩」と呼ばれる断崖絶壁があり、蛇紋岩だけでなく紀ノ川上流に向けた眺望がすばらしい。 |