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                         くりんとの登山ガイド

           
   
 もうひとつの高野参詣道・麻生津道

結晶片岩の石垣に囲まれた麻生津道

 高野参詣道のうち、町石道・黒河道・京大坂道不動坂・三谷坂・女人道は、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されている。そうした参詣道ほど有名ではないが、名手(紀の川市)から紀の川を渡って麻生津(おうづ)に至り、麻生津峠・市峠を経て、矢立で高野山町石道に合流する「麻生津道」という高野街道がある。紀の川左岸の麻生津の集落は、古くは河港として栄え、今なおかろうじて残る「茶屋」の町並みに、往時の賑わいを垣間見ることができる。
 この「麻生津道」の起点は、紀の川北岸に東西に延びた大和街道の高野辻で、ここには文化十二年(1815年)建立の常夜燈が建てられており、「右 かうやみち 弘法大師永代常夜燈 左 いせまきのを道」と刻まれている。また、その横には、「右ハ こうやみち なて〇中 ひたりわ いせみち」と刻まれた蒲鉾型角柱も見られる。
 大和街道は、江戸時代、紀州藩が参勤交代に使い、名手市場の庄屋妹背家の屋敷が本陣として用いられ、今もその姿を留めている。この頃、西国三十三所観音巡礼が庶民の間にも広まり、第三番札所の粉河寺参拝後、四番札所の槇尾寺(現・施福寺)へ向かう者もいれば、高野山を経由する者もいたようようで、その交差点として賑わったのが高野辻である。

 
大和街道   紀州藩の参勤交代に本陣として用いられた庄屋妹背家
 
 
麻生津道の起点高野辻から紀の川に下る   左)高野辻常夜燈(文化12年の銘) 右)蒲鉾形石標

『紀伊国名所図会』(1811年刊行)より麻生津渡し

【麻生津街道】
 高野辻から伸びた麻生津道は、現在の麻生津橋付近にあった「名手の横渡し」で紀ノ川を渡った。麻生津から矢立までの街道には、旅人を見守るかのように六地蔵が安置されている。その第一地蔵は、北涌の県道13号線沿いに見られ、そこから県道を渡って茶屋町に入ると、やがて左折し、そこから一直線に町並みが延びている。もとは商屋や船宿だったと思われる古い家屋が、静かに点在するが、ほとんど戸は閉められている。この茶屋町の東端に、寛政7年(1795年)銘の「麻生津村道路元標・高野山大門五里」という石標が建てられている。それまで平坦だった高野街道は、ここから麻生津峠まで一気に登り坂となる。
 現在、かつての麻生津道とは別に、舗装された車道が蛇行しながら麻生津峠まで通っており、何ヶ所かで両者は交差する。一方、麻生津道は、軽四一台がやっと通れるほど道幅で、こちらは蛇行することなく直線に延び、しかも、急な坂道であるにもかかわらず、その道沿いには大きな屋敷の家が続く。そして、何よりも目を引くのが、結晶片岩を使った見事な石垣の数々である。
 紀の川に並行してその北岸には、超一級の活断層である中央構造線が走る。この活断層を境に、北は領家変成帯、南は三波川変成帯と分かれており、領家変成帯は高温低圧型の変成で、花崗岩や片麻岩を産している。一方、三波川変成帯は低温高圧型の変成を受けた広域変成帯である。紀の川は、中央構造線の南縁である破砕帯を浸食するため、三波川変成帯の結晶片岩が河床で露わとなっているところがよく見られる。緑色の結晶片岩は緑色片岩、黒色のものは黒色片岩。これらの岩石は、板状の目が細かく走っていて、平面的に割れやすく、直方体に加工すれば石垣材として適しているため、和歌山城の石垣などにも使われている。紀の川の河原には、領家変成帯の花崗岩に加え、砂岩や礫岩、チャートなどの堆積岩も見られ、こうした岩石を石垣に利用している地域も多いが、ここ麻生津道沿いの民家は、色とりどりの結晶片岩を石垣材として多用しているのが特徴である。
 将棋石、かじやの辻を過ぎると、前述の六地蔵のうち第二地蔵が迎えてくれる。この辺りから、その裾野に果樹園を抱きながら天をつく飯盛山やその尾根筋を見通せる箇所があり、足取りも軽くなる。第三地蔵は、麻生津峠にあり、その向かいには「峠の観音茶屋」と標された比較的新しいお堂が建っている。かつて、ここに峠の茶屋があったことを想像してみるものの、現在の新しいお堂には十一面観音が祀られ、「十一面観音茶湯所」と刻まれた大理石の標識も建てられている。麻生津道は、この峠を越え市峠をめざす。

名手の横渡しがあった麻生津橋周辺   名手の横渡しの常夜燈(明和4年の銘)
 
茶屋町石標「右高野山大門五里」寛政7年の銘   第一地蔵
茶屋町   車道としては狭くなった麻生津道
結晶片岩の石垣   第二地蔵
第3地蔵   十一面観音茶湯所

『紀伊国名所図会』(1811年刊行)より麻生津峠

 
 
   

 
   

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