【高天原神話】
山麓線(奈良県道30号御所香芝線)を走っていると、「高天」「高天ヶ原」「神話の里」という案内板が目につく。『古事記』に記載されている高天ヶ原の候補地の1つとして、江戸時代初頭までは、ここ御所市高天付近がその最有力伝承地と考えられていた。そうした神話を演出するかのように、杉の古木が参道に立ち並ぶ高天彦神社が鎮座している。そして、この神社前が高天道への登山口でもある。
『古事記』において、高天原は神々の生まれ出る場所で、天照大神が治めているところとされている。イザナギノ命・イザナミノ命もここから島々を生成した。スサノオノ命の横暴な振る舞いによって、天照大神が天の岩屋戸に隠れてしまった話もよく知られるところである。
では、この高天原はどこにあるのかという疑問に、以下のような諸説がある。
○ 作為説・天上説:神話であるから、どこにあったかなど勘ぐること自体が無意味という考え。本居宣長は、神の住む場所であり天以外を考えるのは不遜として、戦前の皇国史観結びついている。
○ 地上説:神話は何かしらの史実を含んでいるという考えから、新井白石は「常陸国(茨城県)多可郡」としている。白石が常陸国説を唱えるまで、京都朝廷では高天原は「大和国葛城」としていたようだ。他に、高千穂(宮崎県高千穂町)や蒜山(岡山県真庭市)などがある。
さて、御所市高天こそが、高天原の伝承地の1つ大和国葛城であり、背後にそびえる金剛山は、古く高天原山といわれていた。高天の集落は、県道山麓線が開通するまでは交通の便も悪く、今でも気圧が下り坂にさしかかるとたびたび雲に覆われ神秘的な風景を現す。間道登山口には高天彦神社があり、延喜式では最高の社格名神大社で、祭神は葛城氏の祖神高皇産霊(たかみむすび)神である。拝殿に導く参道の両側には、風格ある杉の古木建ち並び、拝殿以上にその雰囲気を醸し出している。
【郵便道(高天道)】
GW中、金剛山に登って山頂付近のカタクリの写真撮影に四苦八苦していると、「郵便道ではイカリソウが見ごろでしたよ」と、ご婦人の登山客が声をかけてくださった。2週間後、時間を見つけて登るが、花はほとんど終わりかけであった。しかし、登山道沿いには見事なイカリソウの群生地が存在することを確認でき、一人興奮気味であった。
この花の形状が、碇に似ているためその名が付けられているものの、なかなか記憶に留まらない独創性を要している。碇形の4つの突起部分は、花弁が管状化したもので、その奥は蜜を溜める距となっている。さらに、この4つの花弁のつけ根にはそれぞれ1つずつのガク片がつく。でも、こんなに細長い距の蜜を集めにくるポリネーターとはどんな昆虫だろう。
一方、この種子にはエライオソーム(脂肪酸、アミノ酸、糖からなる化学物質)が付着しており、アリの好む物質としてアリ散布戦略を企てている。カタクリやスミレ、オオイヌノフグリなどの種子も同様の戦略をとっている。私の友人は、「何でも自分で抱え込まず、うまく隣人の力を借りる術」をイカリソウの種子から学んだと言っている。
余談になるが、中国原産の同属ホザキノイカリソウは、「淫羊藿(いんようかく)」という生薬で精力剤として有名である。逸話としては、これを食べた羊が日に百回コトに及んだということらしい。イカリソウの有効成分イカリインには、平滑筋が弛緩し陰茎などの血流が増える効果があり、いわゆる薬草版「バイアグラ」というわけだ。ただ、日本産のイカリソウにはどれだけの有効成分があるのか、またヒトにはどれだけ作用するのか、自己責任でどうぞお試しあれ。
【伏見道】
「高天」と「伏見」というのは、隣同士の大字で、山麓線とは別に最短距離で両集落を結ぶ歩道がある。したがって、それぞれを始点・終点として金剛山頂をめざせば、高天道・伏見道の両方を楽しむことができる。
イカリソウの季節は、写真を撮りながら高天道を登り、帰路に伏見道を使った。ダイトレから伏見道に入る標識はあるが、このあたり天ヶ滝道の下山口も隣接しており注意したい。また、伏見道に入ってからも、東佐味へ降りる小和道が分岐しており、登山客の少ない山道ゆえ初めての場合は不安が募る。私も、奈良県自然補導員の腕章を付けていると、道を確認されることもあるが、ここに集中している。
高天道に比べてずいぶん見劣りはするが、伏見道にもしばらくイカリソウを見ることができる。登山客も少ないせいか、整備も行き届いていない。大雨の度に登山道が水路となり、その都度侵食されるのか、道は谷底を這っている。集落に出ると、菩提寺というお寺があり、仁王門を配置するなかなかの古刹なので、足を向けられたい。
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