Mountain Guide
                         くりんとの登山ガイド

           
   
 ニリンソウのお花畑 (カトラ谷・高畑道)
ニリンソウ(カトラ谷)
クリンソウ(カトラ谷)
 
ヤマシャクヤク(カトラ谷)  
 
ヤマシャクヤク(カトラ谷)   イチリンソウ(高畑谷)
 
オタカラコウ(カトラ谷)   シラネセンキュウ(カトラ谷)

 大阪府側から金剛山を登る場合、千早の金剛山登山口バス停から伸びる「千早本道」が金剛登山の銀座通りである。登山口には駐車場及びトイレが完備され、金剛山麓まつまさ食堂や創業安永六年(1777年)という「山の豆腐」屋さんもある。その前の三叉路を右へ折れると千早本道登山口にとりつく。一帯は出発する登山客と到着する登山客が行き交ういわばミニ上高地。しかし、この上高地の喧噪をすりぬけるかのように、先の三叉路を左へとり、ス〜ッと消えていく登山客もいる。「この先には何があるのだろう」大阪府側の登山道に不案内だった私の、ちょっとした疑問だった。
 さて、この先をもう少し歩くと車止めのゲートがあり、ここから先が黒栂谷道。ゲート手前を右折して、登山道を進むとタカハタ道やツツジオ谷に至るルートがある。そこを通りぬけるとカトラ谷に赴くことができるが、私は気楽な林道を直進してカトラ谷をめざす。

【カトラ谷】
 金剛山有数のお花畑に出会えるのがカトラ谷。5月の一ヶ月間には、ニリンソウ、イチリンソウ、ヤマブキソウ、ヤマシャクヤク、クリンソウなどが登山道及びその周辺を彩る。なかでも、ニリンソウのお花畑は、登山道を飲み込むかのようなグランドカヴァーと化したニリンソウの絨毯である。そして、9月下旬には、オタカラコウやシラネセンキュウの群落がこの谷を賑わすことになる。

 ところで、2017年(平成29)の台風第21号は、この金剛山に多大な傷跡を残すことになった。日本の南の海上を北上し、超大型で強い勢力を保ったままの台風第21号は、10月23日午前3時頃に静岡県御前崎市付近に上陸した。大阪府では、台風を取り巻く発達した雨雲や本州付近に停滞した前線の影響により、18日夕方から23日朝にかけて長期間にわたり雨が降り続けた。22日の日降水量は、熊取で281.5mmを観測したほか、関西空港、河内長野でも、統計開始以来の第1位の記録となる。
 この台風により、カトラ谷の最上流付近では、大規模な崩落が発生し、その土石流は黒栂谷林道をも飲み込むほどの勢いであった。台風到来一年後の2018年9月に、カトラ谷を訪れるものの、黒栂谷林道上に流れ出た土砂被害の復旧にはまだ十分手が回っていない状態で、道路上にも大小の岩石が散乱していた。今ひとつ気がかりなのは、ニリンソウやヤマシャクヤクのお花畑が消滅していないかどうか。やがて、カトラ谷上流の大規模な崩落地にさしかかった私は、荒れ果てた渓流に以前のルートをなかなか見いだせず、崩落土砂に足を取られながら、我が身の安全を第一に国見城跡に辿り着くのが精一杯であった。

 再び、黒栂谷道とカトラ谷登山道との分岐地点に話を戻そう。前半は、何カ所か登山道が複路化しているものの、谷から大きく外れなければよい。土石流に洗われた谷間だが、たくさんの山野草が開花しており、なかでも、オタカラコウやシラネセンキュウが9月下旬の主役である。やがて、見覚えのある蟻の門渡りに到着したが、かなり荒れている。一方、金属製の梯子は健在で、ここから先はかつての登山道が残っていそうと安堵する。
 2018年12月に設置完了した土石流防止ネットは、それ以前に造られた砂防堰堤の下にあり、そこから上流は、大崩落地帯である。そのネットの横をすり抜け、意気揚々と足取りを速めるが、実は、今回も正規ルートから外れてしまった。崩落によって攪乱した渓流沿いには、何通りもの踏み跡がついており、その中には裸地に向いているものもある。案の定、そこを追いかけてしまった。早々にGPSで確認し、従来のルートに戻ることができたものの、崩落現場は頭上遠くまで見通すことができ、なぜかその裸地に足が向いてしまう傾向があるらしい。教訓としてしっかり記憶に留めたい。

 もう迷うことはない。見覚えのある登山道を進んでいくと、ニリンソウのお花畑はきちんと残っていた。といっても、初秋にニリンソウの陰はないが、そう確信した。
ゴールデンウィークの頃には、足の踏み場もないほど登山道の両側に広がるニリンソウのお花畑。復路化した登山道の先は、どこまでもニリンソウの草原で、思い思いの場所で登山客はお弁当を広げている。
 2週間後に同じ場所を訪れると、真っ白だったニリンソウの花は褐色に姿を変えている。それに代わって、今度はヤマシャクヤクの花が見ごろだ。折しも、里ではボタンの花が見ごろを終えようとしており、五條の金剛寺などは関西花の寺第二十三番霊場として、この時期ばかりは観光客を集める。ヤマシャクヤクもボタン科の仲間で、そういえば血縁の近さが見て取れる。やがて、ヤマシャクヤクと入れ替わるように、今度はクリンソウが見ごろを迎える。クリンソウの群生地は、ニリンソウの群生地の手前を、右にとった谷筋に見られる。その名の由来は、花茎を中心に放射状についた花の様が、五重塔のてっぺんにある九輪に似ていることだというが、鮮やかなピンク色といい、山野草とは思えない見栄えの華やかさがある。
 お花畑で随分寄り道をしたが、国見城手前にはヒノキ科のアスナロの大木があり、この辺の山では珍しい。葉裏の白い気孔の文様が、ヒノキはYの字に対して、アスナロはWの字となっているのが面白い。

【高畑道】
 カトラ谷でニリンソウにカメラを向けていると、「高畑道ではイチリンソウが見ごろで、1ヵ所群生地がありますよ」と教えていただいた。ならば、帰りは高畑道である。
 葛木岳山頂周辺は、ブナの原生林が広がり、金剛山地の中でも最も広葉樹林の多様性を楽しむことのできるエリアである。その多様性の襞は、青崩道や千早本道沿いにも伸びているが、高畑道を下る折にも、大木に育ったブナの林が見送ってくれる。やがて、右にスギ・ヒノキの人工林、左に広葉樹の二次林というおもしろい風景に代わり、最後は、人工林の中の谷筋を下っていく。
 太陽光が差し込むところにはスミレの仲間やヒトリシズカも見つけることができ、お目当てのイチリンソウ群生地にも出会えた。ニリンソウとよく似るが、花は圧倒的に大きく、容易にその違いを見分けることができる。また、ニリンソウとは異なり、イチリンソウは崩壊の恐れがあるような谷に面した傾斜地を好むのだろうか。噴き出す汗を拭いながら、ひたすら頂上に向かって集中している登山客の視野には入らないかもしれない。実際、私の興奮などどこ吹く風で、何組ものグループは素通りしていった。
 カトラ谷も高畑谷も、ミソサザイの多い谷である。何百メートルかの間隔で別のミソサザイの縄張りに代わるのだろうか、そのさえずりは途絶えることがない。ミソサザイは、そのさえずりに似合わずとても小さな鳥で、切り株などの低い突起物の上をステージとして好んでいる。高畑道を下る途中、谷の水際に見え隠れする一羽を見つけた。この鳥は、川面に垂れるシダの裏や流木の影などに営巣する。この場所も営巣地だったかもしれない。

 
カトラ谷  
 
カトラ谷   カトラ谷(ここから先は土石流被害を免れた)
 
カトラ谷砂防ネット   カトラ谷崩落現場
 
高畑道   高畑道
 
 
   

 
   

Copyright (C) Yoshino-Oomine Field Note