金剛登山道の1つに、「カタクリ尾根」という名前を見つけた。昭文社の『山と高原地図/金剛・葛城』に掲載されている金剛山頂への登山道はすべて歩いてみた。しかし、金剛山をフィールドにするネット上の強者たちは、蜘蛛の巣のように張り巡らされた(私にとって)未知の登山道やその情報を届けている。金剛山頂付近にカタクリが自生し、4月下旬から開花する様は何度も遭遇しているが、「カタクリ尾根」という名前を見つけてからはずっと気になっていた。
ただ、山上ヶ岳山頂付近に「お花畑」という地名が残っているが、今はミヤコザサ草原で、かつてどんな山野草が私たちを楽しませてくれたのか知るよしもない。大台ヶ原には「苔道」という名の周回路があり、大台ヶ原開山の父である古川嵩氏もそこに眠っているが、鬱蒼とした苔むす森は過去の風景。今は、林床に陽光が届きミヤコザサが元気な森となっている。金剛山の「カタクリ尾根」も、過去のカタクリ畑をその名にとどめているに過ぎないのではと半信半疑であった。
カタクリの開花時期は、新緑の季節に少し早い4月中旬〜下旬。陽光を遮る若葉がない早春こそ、この植物にとって成長戦略の好機である。裸木と落ち葉の積もった殺風景な落葉樹の林床に、いち早く葉を広げ太陽を独り占めする。この季節はまだ気温が十分上がらない日も多く、受粉を担う昆虫の種類も少ないが、ギフチョウというパートナーがいる。早春にいち早く活動するカタクリやギフチョウは、「スプリング・エフェメラル(Spring
ephemeral)」と呼ばれ、「春のはかないもの」「春の短い命」という意味らしい。一方、「春の妖精」とも呼ばれ、他にショウジョウバカマ、ニリンソウ、フクジュソウなどがその仲間で、春先に花をつけ、夏まで葉をつけると、あとは地下で過ごす。したがって、カタクリの姿も、6月に入ると葉どころか影も形もなくなってしまいう。
【カタクリ尾根】
4月上旬、百ヶ辻から念仏坂を上り、まず細尾谷に入る。細尾谷を直進すれば金剛山遊歩道に至るが、途中、香楠荘尾根、そしてカタクリ尾根への分岐がそれぞれある。香楠荘尾根道を使えば、百ヶ辻から香楠荘まで1時間とかからない。今は、車両通行可能な念仏坂があるが、かつてはここを出勤に使ったのだろうか。香楠荘尾根の次の分岐がカタクリ尾根道だが、注意深く進まないと見逃してしまう。その後は、名の通り尾根道のはずなのだが、いつの間にか右手の谷に迷い込んでしまった。最近、この谷の上流で砂防ダム工事が行われたようで、そちらへの作業道に誘導されるようしっかりとした踏み跡が残っているのが原因らしい。しかし、左手に尾根道が見えるので、容易に本来の尾根ルートに戻ることができた。
開花時期には少し早いと思われたが、この年は暖かな3月だったせいか、早々にカタクリの蕾を見つけた。それをきっかけに、辺りを注意して観ると、数十株は地上に顔を出していただろうか。「おおうっ、本当にカタクリのある尾根なんだ。」しかし、山頂に向けて急ぐ登山客の目には留まらないかもしれない。落ち葉に溶けこむように2枚の葉を地面すれすれに広げ、しかも、ここ金剛山のカタクリの花弁は淡い薄紫色。そういう私も、「カタクリ尾根」の名前にとらわれていなければスルーしていたかもしれない。その名は過去の遺産ではなく、今なお現実の風景であることに心躍る思いであった。
やがて、金剛山遊歩道に突き当たり、右をとれば“ちはや園地”、左へ行けば“転法輪寺・葛木神社”となる。ただ、この交差点は、直進できる踏跡がついており、現在は通行止めになっている。「カタクリ尾根」の尾根筋は、さらにこの上へまっすぐに続いており、行き着く先は「大阪府最高地点1053m」である。「大阪府最高地点」へは、ちはや園地からダイヤモンドトレイルを使って北へ進むと、容易にたどり着け看板も立てられている。実は、この最高地点にもカタクリが自生しており、「カタクリ尾根」のカタクリは、「大阪府最高地点」まで自生地を延ばしていたということである。この日、2度目の感激である。エライオソームのご褒美を付着させたカタクリの種子を、アリがせっせとこの尾根筋にそって運んでいるのだろうか。 |