リズミカルに配置され束となって咲き誇って
いるこちらのカキツバタは、おそらく人手の入った庭園のものがモデルであろう。先の沼池の自生地では、カメラを向けても、こちらの都合に合わせた構図にはなかなか出会えない。ポツンと一輪であったり、行事の悪い3人組であったり、間隔の空きすぎたグループであったり。コロナ禍では戒められていた「三密」の開花風景がほしいのだが、自生地ではそうはいかないのです。
同じアヤメ科の仲間に、アヤメ、ハナショウブがあるが、カキツバタは水辺、ハナショウブは湿地、アヤメは乾燥地と棲み分けている。カキツバタは、『万葉集』で次のように詠まれている。

常ならぬ人国山の秋津野のかきつはたをし夢に見しかも
(巻7−1345 作者未詳)

「秋津」には、奈良県吉野郡吉野町宮滝から対岸の御園にかけて一帯と和歌山県田辺市秋津町の2つの候補がある。前述の黒沢山付近のカキツバタからは50Kmほど南にあたるが、ここは紀の国で詠まれた歌としておこう。ただ、この歌は、カキツバタの開花を愛でるというより、他国で出会った女性を花に例え、一目惚れして夢にまで出てくる悶々とした心境を歌ったものだろうか。

かきつばた衣に摺り付け大夫の着襲(きそ)ひ猟(かり)する月は来にけり
(巻17−3921 大伴家持)

もう一首こういう歌もある。カキツバタの花は、古くは染料として使われり、当時は、花の汁を衣服にこすりつけて染めていたそうである。大夫(ますらお)たちが重ね着をして薬狩りをする季節が到来し、喜び勇んでいる光景が目に浮かんでくる。

5〜6月
北・本・四・九 |