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やまとの花手帖

 
         
         

五條市西吉野町津越のフクジュソウ 

キンポウゲ科フクジュソウ属

五條市西吉野町(2006.2.18.)

 「スプリング・エフェメラル(spring ephemeral)」という言葉がある。直訳すれば「春のはかないもの(短命のもの)」。もう少し叙情的な意味をこめて「春の妖精」と訳す場合もあり、カタクリやフクジュソウのような林床性多年生植物をさしてそう呼ぶ。
 こうした植物は落葉広葉樹林の林床を好み、早春の雪どけと共に葉とつぼみを出して花を咲かせる。この時期、「光の2月」と呼ばれるように、日差しはずいぶん明るくなってきている。ブナ科の木々も新芽を吹き出す前で、林床にも陽光がよく届く。このように早春は、太陽光獲得のための競合相手もほとんどおらず彼女たちの独占状態。やがて、新緑の季節となり夏も本格的になる頃には、カタクリたちの葉も枯れ、翌年の早春まで地下茎や球根だけとなって地中で過ごす。こうした戦略が、「スプリング・エフェメラル」と呼ばれる由縁である。
 これらの植物も虫媒花であるがゆえ、春の早い時期には昆虫の活動が始まっていないというリスクがある。したがって、フクジュソウの場合は、鮮やかなヤマブキ色でパラボラアンテナのような大きな花を付け、ハナアブ科の昆虫を誘う。この花弁は太陽光が当たると開き、日が陰るとまた閉じる。
 一方、カタクリの受粉は、冬眠から目覚めたばかりのマルハナバチやギフチョウに依存している。ギフチョウもやはり下草の少ない落葉広葉樹林に生息し、春先に羽化してミヤコアオイなどに卵を産む。孵化した幼虫は急速に成長して、夏には落ち葉の裏で蛹となり、そのまま越冬して春まで蛹で過ごす。このような生活スタイルから、ギフチョウやウスバアゲハなど春先の昆虫も「スプリング・エフェメラル」と呼ばれることがある。
  「スプリング・エフェメラル」と呼ばれる生き物は、氷河期の生き残りとも言える。フクジュソウは、東部シベリア・中国北部・朝鮮半島から日本にかけて分布するように、元来、寒冷地のナラ林帯に適応する植物である。今から約2万年前は最終氷期のピークで、現在の紀伊山地は亜寒帯針葉樹林で覆われ、平地は冷温帯落葉広葉樹林であった。フクジュソウも、その頃南下してきたと思われるが、1万3000年前ぐらいから気温は上昇し始め、今度は南方系の生物が北上し始め、西日本はやがて照葉樹林帯に変わっていく。したがって、北方系のトウヒやシラビソ、フクジュソウなどは衰退し、なんとか標高の高い寒冷地でのみ生き延びたというわけだ。
 五條市西吉野町津越周辺にみられるフクジュソウは、照葉樹林帯に自生する群落地としては貴重で、奈良県指定の天然記念物となっている。この地域は 標高350〜450m、柿の果樹栽培や花き栽培の盛んなところで、こちらのフクジュソウもそうした落葉樹の林床に自生地を見つけた。NHKの朝ドラ『カーネーション』 のヒロインとしても活躍された尾野真千子さんは、この津越の出身である。フクジュソウのような満面の笑みが似合う女優 であることが、腑に落ちた。

 2〜5月 
 北・本・四・九