「三重県熊野市にある滝神社では、春の訪れを告げるバイカオウレンの花が、見ごろをむかえています。」(2021年2月9日)というネット・ニュースを目にした。春の訪れを告げるキンポウゲ科なら、フクジュソウが2月中旬頃から五條市西吉野町でも開花させるが、バイカオウレンという山野草は、私自身、見たことがなかった。奈良県南端に隣接した熊野市までなら、わが家から車で2時間半。バレンタインデーのこの日は、奈良でも最高気温が20℃を越えたほどの陽気で、車内は思わずエアコンを入れた。
瀧神社(熊野市神川町柳谷)に午前10時頃到着すると、すでに先行者が数組おられた。さほど広くない河岸に沿った参道は苔むし、やがて川をまたいだ注連縄が目に入る。その先は、ナベラの河床を滑り落ちていく滝が見られ、「瀧神社」の命名由来に関係するのであろう。あとで調べると、そのナベラの一角に甌穴(おうけつ)がみられ、この穴にはまった石が激流によって大きな音を立てるらしい。参道を進む足下には、すでに白い妖精たちの姿が目に入っている。どれがバイカオウレンなのだろうかと思案する必要はなく、境内の白い花はすべてバイカオウレンである。2月中旬、まず他に咲いている花はないのだから。
この境内で一際存在感を放っているのが本殿の前の巨木である。ここにも注連縄が巻かれており、御神木として祀られているようだ。この樹木の根元は苔の絨毯で覆われ、そこにもバイカオウレンがたくさんの首をもたげている。先に述べたような陽気の1日だったが、この社叢林は針葉樹によって直射日光は遮られ、いたるところに苔むす湿度が維持されている。そして、何よりこの地域の人たちによって、倒木や落木、落ち葉などを取り除き、この環境が維持されているのだと推察できる。したがって、邪悪な気持ちが万が一ひと株掘り起こし持ち帰ったところで、根付かせることは至難の技だろう。それよりも、カメラの腕をもっと磨こう。
実は、十津川にもバイカオウレンの群生地があるが、村民といえども必ずしもその存在を知っているわけではないようだ。こちらの群生地は人工林の林縁に50mほどに渡ってバイカオウレンの絨毯が広がっている。開花の密度が非常に高く、目を花の高さに合わせると真っ白な砂丘となり見事だ。上層木がスギの場合、落葉は枝ごと落ち、時には足の踏み場もない状態となるが、そうなるとこの群落は大きなダメージを受け、存続が危うくなる。しかし、こちらの自生地には枝一本見当たらず、日々の手入れのご苦労がうかがえる。一角にはセリバオウレンも見られるが、バイカオウレンの勢いにおののき、端っこの方に追いやられていた。
図鑑を見ると、バイカオウレンの花期は3月〜4月とあるが、中部以北の亜高山帯では初夏に咲き、紀伊半島の低山地に自生するものは早春の2月に開花する。「梅花」と形容され5枚の花弁に見えるのは実は萼。本当の花弁は雄しべのようにも見える黄色いスプーン状の部分である。葉の形から、別名ゴカヨウオウレン(五加葉黄蓮)。
2月(紀伊半島)、3〜
4月
本(福島県以南)・四 |