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やまとの花手帖

 
         
         

鈴虫と野辺にこそ咲けオミナエシ

オミナエシ科オミナエシ属

生石高原(2024.10.1.)

  2年ほど前から、突然、わが家の庭でスズムシの音が聞こえる。私の探求心に火がつき、雄雌一匹ずつ、その姿をカメラに収めることができた。去年の秋は、裏の草むらに移ったようで、数週間、寝入りに聞こえてくるスズムシの音を楽しむことができた。私が幼少の頃(昭和40年代)、多くの家庭で、秋に鳴く虫(主にスズムシ)を飼育する風習があった。うちの家も例外ではなく、茄子や胡瓜、鰹節などの餌やりを、私も手伝った。近年、そうした風景は、めっきり見かけなくなったところに、懐かしいスズムシの音。近所のどなたかが放したのか、それとも自然発生なのか、未だ謎である。そもそも、人の手の届かないところで共同体を維持しているスズムシとの出会いは、私にとって初めて経験だったのである。
 こうした縁は続くもので、この秋、生石高原(和歌山県)を訪れたとき、ススキ草原をなでる風音のあいまから、耳慣れたスズムシの音が飛び込んできた。ここにも野生のスズムシの楽園があるんだという喜びと共に、目に飛び込んできたのが風に揺らぐオミナエシの花。飛鳥歴史公園(高松塚周辺地区)に植栽されたものは園芸種なのか、それと比べれば花の付き具合が半分程度だが、それがかえって素朴で自生種ならではの味わいがある。

 『万葉集』には、山上憶良の有名な秋の七草の歌がある。

 山上憶良が秋の野の花を詠んだ歌二首
 秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花 (巻8-1537)
 萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花 
(巻8-1538)

 ここで詠まれた「朝顔の花」をキキョウとするならば、フジバカマを除いた他の6種は、ここ生石高原で見つけることができる。フジバカマは、アサギマダラと出会うためのわが家の庭に園芸種を植えているが、奈良近辺ではその自生地を知らない。もはや、絶滅危惧種だろう。

 我が里に今咲く花のをみなへし堪へぬ心になほ恋ひにけり (作者未詳 巻10−2279) 

 この歌以外にも、オミナエシを心奪われた女性に例えたものが複数ある。ただ、その場合のオミナエシも、たわわに花を付けた園芸種ではなく、野辺において、だれに見られようと訴えることもなく可憐に咲く自生種でありたい。

 名にめでて折れるばかりぞ女郎花われおちにきと人に語るな
 (僧正遍昭 古今和歌集巻第四秋歌上)

 一方、『古今和歌集』まで時代が下ると、オミナエシも様相を異にするのが上の短歌である。この歌には幾つかの解釈があるが、僧をも堕落させる妖しい美しさに詠まれているオミナエシが面白い。この場合は、花をたわわに付けるもの の選別が繰り返され、人の手に愛でられたオミナエシに変化したとしよう。

 8〜10月
 本・四・九