わが家の宅地を十数年前に購入した折、一面に広がったクズの海原に絶句したものだ。裏山から伸びてきた蔓が法面を覆い、新たな根が長芋状となってくさびの如く地中深く
に打ち込まれている。こうした根を丁寧に掘りおこさないと根滅は難しく、裏山も一緒に征服すべくツルハシとスコップでずいぶん格闘したものだ。実は、このクズ、アメリカでも
侵略的外来種としてその駆除に頭を痛めている。当初、飼料用・観賞用として持ち込まれたようだが、日本以上に生育環境が合っていたのか、当局の頭痛
は尋常でない。
さて、このやっかいなクズも、ある時から「葛根」という有用植物であることを知る。冬場に葛根を掘り出し、そのデンプンを水晒し製法によって取り出すのだが、奈良の場合「吉野葛」
で有名だ。幕末に、初めて太平洋を渡った咸臨丸には、大量の葛粉が積み込まれ、その葛湯は船酔いや長旅によって弱った胃腸を癒したはずだ。
さらに歴史をさかのぼると、狩猟・採集生活を基本としていた縄文人も葛根を食料としていた節がうかがえ、こうした利用がなされて
きた過去は、先のような有害扱いは今ほどではなかったはずだ。むしろ、クズの海原を見たときには笑みが生まれ、その紫の花さえ愛でたことだろう。万葉集では、私の故郷の「真葛原」
を取り上げており、もはや敵とするわけにはいかなくなった。
真葛原 靡く秋風 吹くごとに 阿太の大野の 萩の花散る (不明 巻10-2096)
8〜9月
北・本・四・九 |