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                         くりんとのフィールドノート

           
   
  奥田の蓮取りから金峯山寺の蓮華会・蛙飛び

捨篠池で蓮取り

7月7日 奥田蓮取り行事 蓮華会・蛙飛び行事(金峯山寺)
10:00〜 捨篠池で蓮取り舟による蓮取り  
11:30〜 行列(善教寺→福田寺→役行者の母刀良売の墓参拝→捨篠池一周→弁天神社)  
12:00〜 弁天神社で大護摩供 六田初花権現(前花神社)にて大護摩供
12:30〜   蛙太鼓台、竹林院前より出発
13:00〜 行者と村人が蓮華を持参し吉野山へ出発  
15:00〜   行列、下千本出発
16:00〜   蔵王堂にて蓮華会・蛙飛び法要
17:00〜   蔵王堂境内にて採灯大護摩供

【奥田蓮取り行事】
 毎年、7月7日に行われている「奥田(大和高田市)の蓮取り」は、『当山年中行事条々』(竹林院所蔵)にもその記述が見られ、15世紀半ばまで遡ることができる。舟に乗っての蓮取りは、明治10年頃に途絶えたが、平成9年の市制50周年を機に蓮取り舟を新調して復活したそうだ。現在、県の無形民俗文化財に指定されている。
 住宅地の合間に捨篠池があり、池の半面に見事な蓮が育おり、蓮取り行事当日は、ピンク色の大きな花を咲かせていた。蓮取りを行う地域住民や蓮華を運ぶ行者一行がスタンバイする中、午前10時からの開始と聞いていたが、大和高田市あげての行事なのかお偉い方の挨拶など開会セレモニーが始まり、少し興ざめをした。
 蓮を取る舟には、竹竿を持った船頭が2名、法螺貝を持った行者が2名、蓮を刈り取る人が1名の計5名が乗船、蓮畑の方でない池の半面を周回しながら、蓮畑に進入していった。蓮畑は、舟の上に立っている大人が見え隠れするほどに成長しており、まだ青い蕾の蓮華を数本刈り取って蓮取りを終えた。吉野山へ運ぶための蓮は、この場面とは別に刈り取るのだろう。
 捨篠池に隣接して弁天神社、さらに200mほど南に福田寺(行者堂)・善教寺がある。福田寺は、役行者の母(刀良売)の住地と伝えられ、近くには墓もある。

 
人の背丈ほどに成長した蓮   福田寺にて準備の整ったお供えの蓮

【蓮華会・蛙飛び行事】
 奥田で刈り取られた蓮は、午後から村人と行者によって吉野山に運び込まれる。下千本(ロープウェー山上駅付近)で、僧侶も加わり隊を整えた行列は、午後3時に出発、金峯山寺蔵王堂を目指す。したがって、先の奥田蓮取りの一連の行事を最後まで見学してから吉野山を目指しても十分間に合うのだが、午後12時30分から蛙太鼓台が竹林院前より出発している。この太鼓台は、蛙飛びの主役である青蛙をのせたもので、吉野山の門前町を練りながら下千本を目指し、さらにとって返して蔵王堂に練り込むのが午後3時過ぎ。さらに、午後3時半頃には、蓮を運ぶ一行も蔵王堂に到着し役者がそろう。
 午後4時前には、蔵王堂前に仮設された花道に蛙が現れ、蓮華会・蛙飛び法要が始まる。仏法を侮った男が鷲にさらわれ金峯山の断崖で震えていたところを、通りがかりの高僧が法力で男を蛙の姿に変えて助け出し、その後、山伏達の読経や導師の受戒によって、元の人間の姿にかえることができたという故事にちなんだ奇祭。この日の蓮華会でも、高僧が蛙に対して授戒し、大きな蛙の頭の着ぐるみを脱いで人間の姿が現れるという演出であった。
 金峯山寺蔵王堂には、この日(7月7日)に蓮がお供えされたが、翌日、大峯山寺にお供えする蓮を持った一行は、未明に蔵王堂を出発、途中にある拝所に蓮の花をお供えしながら、山上ヶ岳へ登拝する。2日間かけて、奈良県中南部を縦断する歴史的な行事である。

 
 
蛙太鼓台   蓮を運ぶ行列
 
受戒なるものか   人間に戻された蛙
 
 
   

 
   

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