Field Guide
                         くりんとのフィールドノート

           
   
 又兵衛桜(奈良県宇陀市本郷)

2019年4月7日

 「又兵衛桜」あるいは「本郷の瀧桜」とも呼ばれる樹齢300年以上の枝垂れ桜は、奈良県の宇陀市本郷にある。宇陀という地名は万葉集にもよく見られ、特に柿本人麻呂の詠んだ「東の野にかぎろひの立つ見へて返り見すれば月傾きぬ」があまりにも有名である。
 地元の人によれば、以前はそんなに大勢の人が訪れる場所ではなく、ここ10年ほどの賑わいだという。そのきっかけは、2000年のNHK大河ドラマ「葵・徳川三代」のオープニング画面で使われたことによるらしい。サクラの名にある「又兵衛」について、右記のような説明の看板があった。どうやら、必ずしも又兵衛という人物が植えたサクラというわけではないようだが、後世になって江戸初期の落人伝説と結びついたものだろうか。
 満開の又兵衛桜は、まさにナイアガラの滝を髣髴させるような様で、「本郷の瀧桜」とはよく言ったものだ。あるいは、夏の花火大会の最後を飾る巨大なしだれ花火のようでもある。

 実は、この桜を中心に、袂を流れる川の整備工事が行われた際、縄文時代の「どんぐりの貯蔵穴」が42基見つかっている(本郷大田下遺跡)。周辺で収穫されたアカガシ亜属(シラカシ等)やイチイガシ、イヌブナなどのどんぐりを長期保存したりアク抜きをするために掘られた穴で、まさに縄文時の生活が営まれた痕跡である。又兵衛桜が脚光を浴びた思わぬ副産物ともいえるが、逆に、又兵衛桜を育む土壌は、昨日今日始まったものではないぞと、訴えかけているようにも思えた。

 後藤又兵衛  (※ 当地の案内板より抜粋)
 当地の字道辺寺にある薬師寺の境内に、大坂冬の陣・夏の陣で活躍した豪傑後藤又兵衛の墓がある。1615年5月8日、大坂夏の陣で豊臣方は敗退したが、又兵衛は再挙兵の希望を捨て難く、城中より逃れ落ちた。
 紀州を廻って知人を頼り大和宇陀の当地へ来て、本郷の鉱泉で傷を癒し、豊臣家の再興を待ったが、世は徳川の天下となったので、又兵衛は僧になり「後藤」の姓を一時「水貝」と改めて生活していたと伝えられている。
 当地には、後藤の姓を名乗る家が数件あり、この又兵衛ゆかりの枝垂れ桜が残っている場所も、後藤家の屋敷跡である。

 
   

Copyright (C) Yoshino-Oomine Field Note