Field Guide
                         くりんとのフィールドノート

           
   
 宇智川磨崖碑
 
観音菩薩頭部   大般涅槃経

 五條東中学校から約100m東に流れる宇智川の岸壁に、奈良時代の金石文としては貴重な磨崖碑が残り、1921年(大正10)に国の史跡に指定されている。碑文に宝亀九年(778)の銘がある。
 不動橋の近くに磨崖碑へ下りる歩道があり、河岸に下り立つと、先ほどまでの喧噪とはうってかわって高千穂峡の真名井の滝(宮崎県)の写真を彷彿とさせる風景が目に入ってくる。まさに神仙峡である。さて、初めてここを訪れた半信半疑の人には、十分な陽光が届いていないせいもあってか、お目当ての磨崖碑が見当たらない。粘り強く対岸(宇智川の左岸)に目をこらすと、岩肌にそれらしき線刻が見える。長靴を用意して対岸に渡ろう。やがて『大般涅槃教』の経文と観音菩薩の線刻が浮かび上がってくる。ただ、長年の風化によって、所々摩滅しており、経文の文字も意味も十分読み取れないが、菩薩の方は蓮華座がしっかり残っており、絵の場合、欠けた部分のイメージも補いやすい。むしろ、何かしらの事情で完成には至らなかった菩薩ではないかという説もある。
 近くには名刹栄山寺もあり、かつてはこの辺りもその領地であったのだろう。この寺院とかかわる僧が彫ったものではないと想像される。ちなみに、『大般涅槃教』は釈迦の入滅を記し、その意義を説いた経典の総称である。宇智川磨崖碑に刻まれた冒頭の「無常偈」と呼ばれる「諸行无常 是生滅法 生滅々己 寂滅為楽」は、釈迦が入滅に際し、沙羅双樹の木の下で説いた言葉と伝えられ、『いろは歌』はこの偈の意訳であるともされている。
 この場に立つと、千数百年を経て、「無常偈」と菩薩を一心に掘り抜いた先人との会話を楽しむことができる。

大般涅槃経
諸行无常 是生滅法 生滅々己 寂滅為楽
如是偈句乃是過去未来現在諸仏所説開空法道
如来証涅槃永断於生死若有至心聴
常得无量楽
若有書写読誦為他能説一経其身於劫後七劫不堕悪道
  宝亀九年二月四日 工少□□□
                   知識□□

涅槃経 いろは歌
諸行無常 いろはにほへどちりぬるを 諸行は無常であり
是生滅法 わがよたれぞつねならむ これは生滅の法である
生滅滅已 うゐのおくやまけふこえて この生と滅を滅しおえたところに
寂滅為楽 あさきゆめみじゑひもせず 真の大楽がある
遊歩道を下ったところから宇智川左岸に目を凝らす
宇智川上流をのぞむ
 
 
   

 
   

Copyright (C) Yoshino-Oomine Field Note