|
|
●どんぐりの加害虫
どんぐりを産卵場所にしたり、幼虫の食料にしたりして加害する虫は、大きく2つに分けることができる。どんぐりの「落下前」に加害するゾウムシの仲間と、もう1つは「落下後」に加害するハマキガやキクイムシの仲間である。こうした虫たちの加害からなんとか生き残ることのできるどんぐりは、総生産数のたった0.6%(総生産量の2.1%)
という研究成果も報告されている。この加害に対するどんぐりの戦略として「マスティング(成り年現象)」というがあり、不作年に先の昆虫たちの密度を低下させ、翌年の豊作年には捕食者が食べきれないほどの種子を生産して、生存率を高めるというわけである。
以下に、主に里山で見られるブナ科の樹木の加害虫を拾い出してみた。 |
|
|
|
|
加害時期 |
種 |
生 態 |
落下前 |
クリシギゾウムシ
(ゾウムシ科) |
成虫は長い口吻でどんぐりに穴を開け産卵(9月上・中旬)。ドングリがまだ青いうちに産み付けるので、ドングリの成長とともに産卵跡は塞がれる。孵化した幼虫はどんぐりの子葉を食べ、老熟幼虫になるとどんぐりから出てきて土中に潜り越冬する。翌年の8〜9月に羽化する。
口吻は大変長く、鳥のシギのように見える。それぞれ固有のどんぐり名が付いているが、その堅果のスペシャリストではない。
|
コナラシギゾウムシ
(ゾウムシ科) |
クヌギシギゾウムシ
(ゾウムシ科) |
ハイイロチョッキリ
(オトシブミ科) |
コナラやクヌギに産卵した後、枝を切り落とす。まだ青いどんぐりのついた小枝が落ちていたら、それはハイイロチョッキリが切り落としたもの。シギゾウムシたちは枝を切り落とさないで自然に落ちるのを待つ。 |
落下後 |
クロサンカクモンヒメハマキ
(ハマキガ科) |
落ち葉などに塊状に卵を産み、そこから孵化した幼虫が、落下したどんぐりの発芽部等から食入する。ピンク色の老熟幼虫になるとどんぐりから出て、地表近くの土中で繭を作って蛹になる。年3世代、幼虫越冬。 |
ドングリキクイムシ
(キクイムシ科) |
越冬した雌成虫が5月頃、直径約1.5mmの穴を開けてどんぐりに侵入し産卵する。孵化幼虫が子葉を食べ、蛹を経て成虫になるまで、創設雌が同居・世話をする。雄は雌10匹に対し1匹で、自分の姉妹と交尾し、生まれ育ったどんぐりから出ることなく死んでしまう。 |
|
|
●シラカシのどんぐりの生存率 −どんぐりの一生− |
|
時期 |
シラカシの状態 |
虫による加害 |
|
5月 |
開花 |
総落下数の66%が子葉未発達(原因不明) |
損失量3% |
9月 |
どんぐり肥大成長期 |
クリシギゾウムシによる加害 |
被害量全体の18% |
11月 |
どんぐり落下 |
|
無被害のどんぐり68% |
3月 |
|
クロサンカクモンヒメハマキによる加害 |
|
5月 |
発芽して実生 |
ドングリキクイムシによる加害 |
|
8月 |
葉をつける
(1年3ヶ月目) |
|
生き残ったのは総生産数の0.6%
(総生産量の2.1%) |
|
|
クリやナラ類(コナラ、クヌギ等)のどんぐりは、シギゾウムシ等によって落下前に多く加害を受けるのに対し、カシ類(アラカシ、シラカシ等)のどんぐりは、落下後にクロサンカクモンヒメハマキやドングリキクイムシによって多く加害を受けている。ナラ類のどんぐりはカシ類のに比べて成長時期が早く、カシ類のどんぐりが11〜12月に落下するのに対し、ナラ類のは9月下旬〜10月に落下させてしまう。したがって、シギゾウムシが羽化し産卵する時期(9月上・中旬)に、カシ類のどんぐりはまだ十分肥大していない。一方、ナラ類のどんぐりは肥大成長しており、シギゾウムシにとって、こちらに産卵した方が孵化した幼虫が食料を十分に得やすいという選択理由があるのではないだろうか。 |
|
●クリの中のクリシギゾウムシはどこへ行った?
栗の70〜90%は、クリシギゾウムシ等の卵が産み付けられているという。ところが、私たちが食べる栗には、そうした卵は見あたらない。実は、卵は目に見える大きさではなく小さいので、知らぬ間に栗と一緒に食べてしまっているというわけだ。しかし、その卵が孵化し幼虫の茹で上がったものが出てきたとしたら、それは大騒ぎだろう。そのため、市販のクリは、収穫直後臭化メチルで薫煙して殺虫されてきたが、臭化メチルはオゾン層破壊物質であることが判明し、先進国では2005年に使用禁止になっている。そこで最近では、クリの果実を50℃
の温湯に50分間浸漬すると、クリシギゾウムシの卵や幼虫が死滅する(兵庫県立中央農業技術センター)という「温湯処理」や設定温度-2℃で4週間以上貯蔵することで90%以上のクリシギゾウムシが殺虫できる(京都府林業試験場)という「低温貯蔵」などの防除法が普及している。
では、一般家庭だとどう防除すればいいだろうか。私の父などは、「昔は、クリは生のまま砂に埋めて保存した」と言うし、地域によっては「茹でて糸に数珠のようにつないで干す」という保存方法もあるようだ。砂に埋めておくことがどうして防除方法になるのか、今のところ私には不可解だが、縄文人もドングリピットを掘って貯蔵していたことがわかっている。いずれにしても、拾ってきたどんぐりは早急に熱処理するか埋めないと、1週間もすればクリシギゾウムシの幼虫がニョキニョキとごあいさつに出てくることだろう。
|
|
【引用文献】
○ 「研究の“森”から」No.49
/1995.11.30発行:農林水産省林野庁森林総合研究所
○ 森林総合研究所関西支所研究情報No.36(May1995)「落下後のどんぐりへの加害虫」昆虫研究室上田明良 |
|
|
|