よくよく考えてみれば、ブナ科の堅果の中でブナ属(ブナ、イヌブナ)のそれは、とても特異な形をしている。他の堅果がまん丸いドングリなのに対して、ブナの実は三角錐だ。しかも、2つ背中合わせにくっついた堅果は、マジックテープのようないがいがの殻斗に覆われている。このような形状に異彩を放っているにもかかわらず、実にはタンニンがほとんどなく人間にとっても美味しい。
右上図は、L.L.FORMANが殻斗の起源をもとに、ブナ科の堅果の進化に仮説を立てたものである。ブナ科の祖先型Xは、三角形の断面の堅果が殻斗片3枚で包まれ、それぞれの雌花が3個集まって1つの花序をつくっていると推測している。最近では、ナンキョクブナ属の分岐の仕方に異議が唱えられ再考が必要となっているそうだが、このFORMANの系統分類はわかりやすい。
ブナ属の場合、祖先型→トゲガシ属→カクミガシ属→ナンキョクブナ属→ブナ属と進化するうちに、3つの殻斗のしきりとなっていた殻斗片や3個のうちの真ん中の堅果が退化し消滅している。カクミガシの堅果には翼にあたるものがみられ風散布をおこなっているが、ブナ属に進化するうちに、三角錐の堅果は翼を退化させ貯食散布に移行していった。しかし、ブナの堅果にも、翼の退化の痕跡が残り幾分風散布の形状をとどめているような気がしないでもない。
クリの実は、棘の殻斗の中に2個入ったものが多いが、時々2個+ぺっちゃんこの堅果入りのものや、まるまる3個入りのものも見られる。これはトゲガシ属やカクミガシ属が3個実らせることの祖先返りであろうか。また、クリ属はシイ属と共にほとんどタンニンを含まないかわり、棘をもった殻斗や堅果全体を殻斗で覆うなどの工夫で、動物に食べ尽くされることなく貯食散布に委ねた。一方、コナラ属は、丸みを帯びた大きな堅果そのものにタンニンを含ませる方法で、動物たちとのほどよい距離感を保ちながら貯食散布に移行した。
さて、ブナ属には、実生の形態の中でもう一つ際だった特徴がある。アサガオの種子が発芽すると、まず子葉(双葉)をだし次に本葉が出る。この場合、種子の胚乳を栄養源にしながら子葉をいち早く光合成器官に成長させるのである。
一方、豆類やどんぐりは、種子に胚乳がなく、子葉そのものに栄養を貯蔵している。しかも、子葉は栄養の貯蔵器官のみの役割で、光合成は行わず子葉を土中に残したまま最初から本葉を展開させるのである。
ブナ科のどんぐりの多くは、このように「地下子葉型」であるが、ブナ属(ブナ、イヌブナ)だけはアサガオと同じ「地上子葉型」なのである。つまり、ブナ科の原始的発芽形式が「地上子葉型」であったであろうことが想像でき、三角錐型の堅果が丸みを帯び貯食分布に委ねていく中で、実生形態も「地上子葉型」から「地下子葉型」に進化していったと思われる。コナラの実生を掘り出して
下写真のように広げれば、なるほど、光合成をしなくなった子葉(双葉)から茎を伸ばし本葉を付けており、地上子葉型の形態をとどめている
ことが分かる。
ただ、「地下子葉型」のブナ科も、さらに次の3つの型に分かれる。
「地下子葉型」の中でも、本葉を出すまでの茎に、一定間隔で鱗片葉を付けているものとそうでないものがあり、これも進化の妙だろうか。 |