Home どんぐり図鑑 どんぐりと生きる  
 

奈良県内のどんぐり貯蔵穴

● 本郷大田下遺跡と中貫柿ノ木遺跡

本郷大田下遺跡  中貫柿ノ木遺跡

 ドングリピット(どんぐりの貯蔵穴)は、奈良県内でもたくさん見つかっている。それらの遺跡から発掘されたどんぐりの同定によって、奈良の縄文人は何を食べ、どんな風景(植生)と共に暮らしていたのか、私の興味の尽きないところである。20087月現在、奈良県立橿原考古学研究所によれば、穴の中にどんぐりが残っていたのは県内で6例らしい。なかでも、本郷大田下遺跡と中貫柿ノ木(なかづらかきのき)遺跡 は、ドングリピットにおいて特筆すべき発掘の成果が報告されている。

遺跡名 本郷大田下遺跡 中貫柿ノ木(なかづらかきのき)遺跡
住 所 宇陀市大宇陀区本郷 奈良市中貫町
時 期 縄文時代後晩期:貯蔵穴(42基)
※古墳時代の竪穴住居(1棟)を含む複合遺跡
3000年前(縄文時代後期):貯蔵穴(2基)
当時の植生 2万年前頃? :ミズナラ林(冷温帯落葉広葉樹林)
縄文中期以前?:クリ林
縄文後期前半頃:カシ林(暖温帯照葉樹林)
縄文後期末〜晩期前葉頃:トチノキ林
 
調査時期 9996月〜9月 調査 2008年7月に現地説明会実施
貯蔵穴 配置 古く埋没した沢(自然流路)に沿って帯状に並ぶ分布。当時の様子を推定するに、平時にも少量の水がゆるやかに流れており、地下には豊富な伏流水も流れていたと思われる。 東西に続く谷地形の北斜面にあり、この場所は地下水位が比較的高く、常に地下水が流れている環境を選んで作られている。また、田原地区では須山町でもドングリピットが見つかっている。
目的 伏流水の湧出による堅果類の水漬け保存。
蔵と空の貯蔵穴の管理のサイクルをシーズンごとに繰り返す短期貯蔵。
 
経営者 周辺地域では、今のところ同時期の集落遺跡は見つかっておらず、貯蔵場を経営した人々の居住地がどこに存在したかわかっていない。また、加工作業が行われたことを示す用具も出土しておらず、この遺跡はもっぱら堅果類を貯蔵する目的のために限定的に利用された貯蔵場遺跡とみられる。 ある時期の洪水によって、この場所は埋まり、ここに貯蔵した縄文人たちはどんぐりを探し出して食べることができずじまいであった。

大きさ

直径・深さとも11.5m前後の円形土坑 直径45cm
構造 内部にどんぐりを入れ、小葉や小枝を詰めこんだのち、蓋をかける構造。蓋は雑木の幹や板材・棒材などの廃材を二次利用し、その上に石を置いて重しとする。 穴の底には木の枝や葉などを敷き詰めるように入れている。
どんぐりの
種類
アカガシ亜属(シラカシ等)
イチイガシ、イヌブナ
クヌギ(少量)
ツクバネガシ(長さ1.5cm推定総数6741) 
他の堅果 トチノキ
イヌガヤ、カヤ、オニグルミ、クリ(少量)
 

 本郷大田下遺跡は、最近にわかに有名になった宇陀市の「又兵衛桜」の袂にある。この桜を中心とした公園及び河岸整備工事の際、偶然に見つかったドングリピットである。この遺跡の場合、ドングリピットと同時期の竪穴住居跡やその集落の痕跡は見つかっておらず、まさに「どんぐり貯蔵場」そのものの遺跡ということになる。調査区域を広げれば、おそらく周辺にこのドングリピットの管理者の住居跡あるいは集落が存在するはずだ。
 さて、この地域ではどんなどんぐりを収穫し食していたのか気になるところだが、その後、奈良県立橿原考古学研究所によって、どんぐりの同定も行われた。その結果、「アカガシ亜属のどんぐり」という報告がなされた。
ちなみに、中貫柿ノ木 遺跡のどんぐりも「アカガシ亜属」ということになっているが、これにはアカガシ、アラカシ、シラカシ、ツクバネガシ、ウラジロガシ 、イチイガシなどがあてはまる。右写真を見たとき、下段左端などはツクバネガシだと思うが、アカガシ亜属の種の確実な同定は難しいらしく、考古学上の遺物としては「アカガシ亜属」でくくられることが多い ようだ。


本郷大田下遺出土(※原寸大)
 

ドングリピットや植物遺存体が見つかった他の縄文遺跡

 どんぐり 貯蔵穴は、他でも数ヶ所見つかっている。平城遷都1300年祭でメイン会場となった平城宮跡では、奈良時代の地層のさらにその下に縄文遺跡が確認され、ドングリピットも見つかっている。
 一方、どんぐり以外にもトチノキの堅果やオニグルミ、クリなども縄文人の胃袋を満たす主要な食料源であった。トチノキの堅果の場合、アク抜きには水晒しに加え加熱処理が必要である。

時代 遺跡名 場所 貯蔵穴 どんぐり 他の堅果
後期終末 平城京左京三条
五坊三坪下層遺跡


(平城京内計
3カ所)
奈良市大宮町 直径170cm
深さ
80cm
イチイガシ
(2ℓ余り)
 
晩期 布留遺跡三島地区・
堂垣内地区


(計
2カ所)
天理市 7
直径
170270cm
深さ
60cm
木の葉、木片で覆い
クヌギ
アベマキ
カシ類
 
晩期 箸尾遺跡 広陵町沢 10    
中〜晩期 橿原遺跡 橿原市畝傍町・御坊町 シイ類 トチノキ
ヒメグルミ
早期晩期 芝遺跡   カシ類 トチノキ
オニグルミ
モモ核
カヤ
中〜晩期 東安堵遺跡 安堵町東安堵 クリ
コナラ
アカガシ
トチノキ
オニグルミ
弥生時代前期 唐古・鍵遺跡      

【引用文献・図】
〇 「本郷大田下遺跡」奈良県立橿原考古学研究所調査報告書第83冊)
〇 中貫柿ノ木遺跡・現地説明会資料(奈良県立橿原考古学研究所)
「奈良県の縄文時代遺跡研究」(1997年刊)編・奈良県立橿原考古学研究所