|
|
縄文人のどんぐり貯蔵穴 |
|
縄文時代の遺跡で、「どんぐりの貯蔵穴」(ドングリピット)が全国のあちこちで見つかっている。縄文人の主食は植物食で、植物の採集・半栽培は重要な生業であった。クズ、ワラビ、ヤマノイモ、ヒガンバナなどの半栽培を行う一方、クリ、クルミ、トチノミ、そしてどんぐりなどの堅果類を収穫、さらに越冬に備えてそれらを貯蔵していたという痕跡が「どんぐりの貯蔵穴」というわけだ。
縄文時代の貯蔵穴は設置場所によって、大きく2つに分けることができる。地下水の影響を受けるところや低湿地に設けられたものを「低湿地型貯蔵穴」といい、西日本を中心に分布する。また、台地や丘陵上など乾いたところに設置されたものを{乾燥地型貯蔵穴」といい、東日本を中心に分布する。
●貯蔵穴の構造
直径45〜180cm、深さ30〜100cmと大きさは様々だが、1カ所の遺跡に何十基もまとまって発見されることが多い。
「低湿地型貯蔵穴」の場合、多くは地下水の湧くところに作られている。穴の底には小枝や葉っぱを敷いてその上にどんぐりを置くか、あるいはどんぐりの上から葉っぱや土などを入れて木の皮で覆うなどしている。どんぐりを地下水に浸すことによって、次のような作用が期待できる。
○ どんぐりの発芽を押さえる。
○ 地下水につけることによってどんぐりに産み付けられた虫の卵やその後ふ化した幼虫を殺す。
○ 地下水にさらすことによってどんぐりのアクを抜く。
名切遺跡(佐賀県壱岐市)では、時間によって海に沈む場所につくられており、中に入った海水によって“塩漬け”された状態となり、さらに長期保存できたものと考えられる。 |
|
|
季刊「考古学」第44号(1993年8月)“食料貯蔵/塚本師也” |
●貯蔵されたどんぐりの種類
当時、照葉樹林帯であった西日本の遺跡では、アラカシやイチイガシ、あるいは他のアカガシ属(アカガシ、ツクバネガシ、シラカシなど)のどんぐりが貯蔵穴から見つかっている。また、生食できる
クリやシイ類(スダジイ、ツブラジイ)やマテバシイなども、多く食していたはずである。
昭和42(1967)年、佐賀県有田町の坂の下遺跡では、縄文時代の人々が食料として蓄えていたアラカシの実が大量に出土した。それらを水入りのガラス瓶に入れると、翌年7月、そのうちの一粒が突然発芽した。その後、県立博物館東側の庭に移植され、現在は15mを超える大木になっているという。発見されたアラカシの実は、九州大学理学部のC14測定で4,000年前のものと判明し、この大木は「縄文アラカシ」として親しまれている。
一方、落葉広葉樹林が広がる東日本では、例えば東海地方の15遺跡から、コナラやミズナラ、クヌギやアベマキなどが貯蔵穴から多く見つかっている。クリやブナ、そしてオニグルミなどはアク抜きの必要がなく美味しい堅果で、東日本では多く収穫できたはずである。
おおまかには日本の東西で上記のような植生に分かれるが、現在、西日本の広い範囲でコナラやクヌギ、クリなどの落葉樹が混交林として存在する。温量指数140°−120°はカシ・シイ類を代表とする照葉樹林で、伐採してもすぐもとの照葉樹林に戻るが、温量指数120°−100°は乾燥しているため一度焼畑などで焼き払うと照葉樹林には戻らず、コナラなど落葉性の二次林となる。しかし、縄文時代において、人間の度重なる干渉や自然の利用はあったものの、その結果としての二次林の広がりはなく、
その後の水稲農耕が二次林出現の契機であったと考えられている。 |
|
時代 |
遺跡名(所在地) |
貯蔵穴の構造 |
どんぐり(その他) |
縄文中期 |
坂の下遺跡
(佐賀県有田町) |
|
アラカシ
九州大学理学部のC14測定で4,000年前のものと判明 |
縄文中期以降 |
岩田遺跡
(山口県平生町) |
30基
直径1.5m、深さ1m
穴にどんぐりをいれて、上に小枝、木の葉でおおい、木の皮で蓋をして石の重しを目印においてある。水の湧くところにまとまって作られている。 |
アラカシ
石皿
すり石
手箕 |
縄文後期 |
正福寺遺跡
(福岡県久留米市) |
60基以上
(どんぐりピット以外も含む) |
イチイガシ
(数万から数千個)
編み籠 |
縄文中期〜
晩期 |
名切遺跡
(佐賀県壱岐市郷ノ浦町) |
30基以上
時間によって海に沈む場所につくられており、 中に入れたどんぐり等の実が海水の流入によって流れでないように木の蓋で
おさえ、さらに蓋の上に石を置いて重石がわりにして保存しています。中
に入った海水が残り、”塩漬け”された状態となったどんぐり等は、長期間保存できたものと考えられます。 |
|
縄文後期
4000年前 |
千石遺跡
(愛知県豊田市) |
40数基(19基から堅果類出土)
直径50〜180cm、深さ30〜100cm
いずれも地下に湧水がある湿潤な場所に集中して作られている。ドングリピットの断面から、一番底にどんぐり、次に葉っぱ、土、木の枝、その上に石を置いていたことがわかる。
東海地方では15遺跡でドングリピットが見つかっているが、そのうち千石遺跡は最大のドングリピット群で、近くにこの貯蔵穴群を管理していた集落があったと考えられる。(2009年3月24日現在) |
コナラ(多)
ミズナラ(多)
アベマキ
クヌギ
オニグルミ(少)
トチ(少) |
|
●どんぐりの調理方法
貯蔵穴やその周辺から発見されているものに、収穫用として手箕や編み籠、調理具として石皿やすり石などがある。なかでも、石皿やすり石はアク抜きの技術と関係している。
照葉樹であるアカガシやアラカシなどは、比較的タンニンの含有量が少なく水さらしによってアクをとることができる。一方、落葉樹であるコナラやミズナラ、トチの実などはタンニンの含有量も多く、水さらしに加えて加熱処理が必要となってくる。こうしたアク抜き技術を効率よく進めるためにも、粉砕するための石皿やすり石、さらには土器が発達したと思われる。
|
アク抜きの方法 |
ブナ科の堅果(どんぐり) |
その他 |
不 要 |
シイノキ属(スダジイ、ツブラジイ)
ブナ属(ブナ、イヌブナ)
マテバシイ属(マテバシイ、シリブカガシ)
クリ属(クリ)
コナラ属(イチイガシ) |
オニグルミ |
水さらし |
アカガシ属(アカガシ、アラカシ、シラカシ等)
コナラ属(クヌギ等) |
クズ、ワラビ |
水さらし+加熱処理 |
コナラ属(コナラ、ミズナラ等) |
トチノキ |
|
山形県の押出(おんだし)遺跡(縄文前期)からクッキー状の炭化物が出土している。近年、残存脂肪酸分析法というのが発達しており、クリ・クルミの粉に、シカ・イノシシ・野鳥の肉、イノシシの骨髄と血液、野鳥の卵を混ぜ、食塩で調味して野生酵母を加えて発酵させていたことまでわかっている。(参照:中野益男/季刊誌「生命誌」通巻21号より)
他の遺跡からも、どんぐりを使ったと思われる炭化物が多く出土しており、木の実を主体にした「クッキー型」や動物肉を主体にした「ハンバーグ型」がある。ただ、調理方法は様々なバリエーションがあったと考えられ、先の押出遺跡の方法は一例に過ぎないが、某調理師学校顔負けのレシピであったことに驚かされる。 |
|
【引用文献・図】
〇 東海地方最多のドングリ貯蔵穴群を調査(豊田市教育委員会文化財課)
〇 佐賀新聞 ひびのニュース「のこしたいさがの木」 |
|
|
|