2011年は、ドライブウェイ途上の伯母峰ゲート付近や小処(こどころ)温泉へ下る分岐付近(辻堂)で、親子連れが目撃されている。近年、東大台でも目撃された例が何度かあるが、幸い人身事故には至っていない。登山道が整備されていて、クマにとっても人との境界がわかりやすく、出会い頭というアクシデントが起こりにくいからかもしれない。
私は、幸か不幸かクマに出会ったことはないが、その痕跡には遭遇している。2006年10月、紅葉を楽しむため西大台を歩いていると、大台教会から数百メートルのところで、ミズナラの枝が何本も落ち登山道をふさいでいた。枝は強い力によってへし折られたという感じで、青葉が残っており、ここ両日中に落とされたと判断できる。すぐ近くのミズナラの木の裏側に回ってみると、樹皮には爪跡が何ヶ所もみられ、幹によじ登ってどんぐりを漁ったようだ。木の下にはどんぐりの殻が無数に散乱、器用に中身だけ食べたことが分かる。そんなに美味しいものかと、拾ったミズナラの実を口に入れてみたが、エグミやアクが強すぎて、喉を通すことができなかった。クマとは味覚はどうなっているのだろう。しかし、その中にもやんわりと甘みがあったので、アク抜きをすれば十分人の食となりうる。その後、ナゴヤ谷まで下ったが、マの爪跡のついたミズナラの木が何本も見つかり、強い獣臭も感じとれた。
近年は、五條市西吉野町の柿畑に出没する例が多く、深山での遭遇よりは、むしろ確率が高い。
森林総合研究所がツキノワグマの遺伝的な特徴をDNAから解析したところ、日本には大きく3つの系統(遺伝グループ)が存在することがわかった。1つめは東北地方〜琵琶湖(東日本グループ)、2つめは琵琶湖〜西中国(西日本グループ)に分布し、琵琶湖を境に東西に2分されている。そして、3つ目は紀伊半島と四国のグループ(南日本グループ)である。このように、日本のツキノワグマは今から30〜50万年前に大陸から渡ってきた後、日本国内で3つの遺伝グループに分化したと考えられている。
さて、南日本グループと西日本グループでは孤立・小集団化をなし、遺伝的多様性が低下していることが明らかになった。これは、近年の森林の開発や、広葉樹林が針葉樹を中心とした人工林に置き換わったことにより、ツキノワグマの分布が寸断され、個体群が小さく孤立化したと考えられている。一方、東日本グループは、数十万年スケールの気候変動によって森林植生の変遷が進み、遺伝的多様性が維持されていると思われる。
したがって、紀伊半島のツキノワグマは地域固有種として貴重であり、(奈良県の場合)万が一里近くでの捕獲ということになれば、唐辛子スプレーなどで学習を施した後、奥山放獣という処置をとっている。
ツキノワクマは6〜8月に交尾が行われる。しかし、受精卵はすぐ着床せず、数か月の間子宮腔を漂い、11〜12月頃にやっと着床する。これは、ブナの成り年・不成り年と関係があり、エサが十分でない年は、妊娠・出産しても母子ともに危険な状態に陥るため、そういう年は着床させないのではないかと考えられている。したがって、実際の胎児の発育期間は約2カ月間で、冬眠中の1〜2月にふつう2頭出産する。その年は、母親と共に行動し、もう1回(まれに2回)母親と一緒に冬眠して、春以降やっと独り立ちするようである。
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