この秋、『紅の豚』(宮崎駿監督)にはまった。ジブリ映画の長編は網羅してきたつもりだが、この映画が最後に残っていた。『紅の豚』は、宮崎駿監督の趣味である軍事関係の航空機を題材にした漫画『飛行艇時代』(模型雑誌『月刊モデルグラフィックス』>『宮崎駿の雑想ノート』※不定期連載>『飛行艇時代』)がアニメーション化されたものである。
時代は第一次世界大戦と第二次世界大戦の間で、舞台はアドリア海。主人公のポルコ・ロッソは、かつてイタリア空軍に属しアドリア海のエース・パイロットだった。しかし、多くの殺し合いを目のあたりにして嫌気をさしたが、当時のイタリア・ファシズム政権下では国の命令は絶対で従わなければならない。ならば「ファシストになるより豚のほうがましさ」「豚に国も法律もねえ」と、自ら魔法をかけて豚となった。その後は、空賊狩りの賞金稼ぎで飯を食っている。宮崎氏自身は、反戦映画だと言っている。ちなみに、「ポルコ・ロッソ」の名は空賊のつけたあだ名で、イタリア語で「紅い豚」の意味がある。
映画に登場するキャラクターの中で、ジーナ(マドンナ)でもなくフィオ(ピッコロ社設計士)でもなく、私はポルコの愛機SIAI(サボイア)S.21試作戦闘飛行艇にとりつかれてしまった。SIAI
S.21は実在の飛行艇で、サボイアはイタリアの航空機メーカー、シュナイダー・トロフィー・レース専用機として1921年に製作されている。しかし、この機種は複葉飛行艇であり、実際はマッキ
M.33の方をモデルにしているらしい。イタリア人でさえ知る人の少ない忘れ去られた試作飛行艇を、日本人がよくぞ映画で蘇らせてくれたと、サボイア社から宮崎監督のもとに分厚い設計本が送られて来たらしい。
この飛行艇を手元におくことはできないだろうかと、ネット上で探してみると、ファインモールド社のプラモデル(1/72)が見つかった。プラモデルを組み立てるのは何十年ぶりだろうか。家に届いてから気づいたことだが、機体のあの「紅色」が全く再現されていない。(印象的な機体の紅色は、「イタリア製スポーツカーの明るい赤」を宮崎監督は意図しているらしい。)また、最近のプラモデルは接着剤さえ入っていない。何人かの中学生に尋ねると、接着剤はTAMIYAのものがよくて、着色は自分で行うのが基本であるらしい。「ちなみに着色は、組み立ててから行うのかそれともパーツの状態で塗るのだろうか」「デカール貼りは失敗した経験しかないなあ」などと、私の頭や手足はフリーズ状態。まずは、接着剤と塗料を手に入れるため、色指定の組み立て図を持ってトイザらスへ向かった。
糸井重里の手によるキャッチコピーは「カッコイイとは、こういうことさ」とあるが、ポルコとジーナのやりとりは、映画『カサブランカ』を彷彿とさせるラブ・ストーリーでもある。とりわけジーナのセリフがいかしてる。
「私 いま賭けをしてるから ― 私がこの庭にいる時、その人が訪ねてきたら今度こそ愛そうって賭けしてるの。でも
そのバカ夜のお店にしか来ないわ。日差しの中へはちっとも出てこない」
「いくら心配してもあんたたち飛行艇乗りは、女を桟橋の金具くらいにしか考えてないんでしょ」
「ここではあなたのお国より、人生がもうちょっと複雑なの」
「マルコ、今にローストポークになっちゃうから。あたし嫌よ、そんなお葬式」
「ずるいひと、いつもそうするのね」
最後に二人の恋が成就したかどうか、フィオの思わせぶりな一言が流れる。
「ジーナさんの賭けがどうなったかは、私たちだけのひみつ」
その秘密は、エンディング・ロールの少し前、ホテル・アドリアーノの遠景が映ったとき、小さな赤い飛行艇をもって種明かしされている。 |