宮本浩次のカバーアルバム『ROMANCE』を手にした。2020年11月18日発売というから、ちょうど1年たった頃だ。きっかけは、リリー・フランキーと水原希子がMCをしているNHKのThe
Coversという番組で、宮本浩次が出演しカバー曲を耳にしたことから。このアルバムのコンセプトは、「昭和歌謡『女唄』を歌う」とされているが、さらに、2020年度芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)を受賞したようで、一層興味がそそられた。
収録されている12曲はいずれも昭和の名曲で、この時代のヒット曲は、老若男女問わず口ずさめたものだ。したがって、原曲のイメージが脳裏にこびりついているが、小林武史と蔦谷好位置のアレンジが新鮮さを感じさせる。そして、何よりも、宮本浩次が歌うことで、歌詞が脳裏にしっかり届き、歌の意味を再認識させられた。「女唄」を男性ヴォーカリストが歌うことで、私の耳にス〜ッと入ってくるのか、それとも宮本の歌唱力か。とりわけ、私がお気に入りの4曲の感想を書いてみた。
【異邦人】
リズムがエキゾチックで、未だ、他に類を見ないアジアの名曲だと思う。この曲が流れると、今でも手を止めて聞き入るほど大好きな歌である。しかし、この歌が失恋ソングであることを、これまで認識していなかった。リズムと久保田早紀の歌声に魅入られていたようだ。
「ちょっと振り向いてみただけ」の異邦人、「哀しみをもてあます」異邦人、って誰のことなのか、一歩踏み込んで分かろうとしなかった。旅先で出会った不可解な人?あるいは、旅先で文化に溶け込めず浮いている私?
「子供たちが空に向かい両手をひろげ、鳥や雲や夢までもつかもうとしている」姿と自分を重ね合わせ、念じればきっと叶うと信じて疑わなかった歌詞の中の「私」。こういう体験は、私自身の中にもあった。今となっては、あの頃を蘇らせてくれる歌となって、今一度、私の前に現れた。
2番の歌詞の、「市場へ行く人の波に身体を預け、石畳の街角をゆらゆらとさまよう」というところも好きで、「人の波に体を預ける」という表現を反芻してみた。「祈りの声ひずめの音歌うようなざわめき、私を置き去りに過ぎてゆく白い朝」に溺れていく私こそ、「異邦人」だったのだ。
【木綿のハンカチーフ】
先の番組内で、宮本浩次が語っていたように、宮本のヴォーカルで聞くことによって、この歌詞に登場してくる男性の方に、私も寄り添ってみたくなった。太田裕美のヴォーカルを聞いているときは、そのまま女性を援護していたが、はたして、この男性は、女性の思いを受け止められない脳天気な浮気者だったのだろうか。
4番までの構成で、男女が掛け合う相聞歌となっているが、そのうち1〜3番まで、女性の方は「いいえ」で始まる。男性は手品を変えているものの、結局、同じボールを投げ続け、女性の真意に近づいていない。一方、女性の方も、「そんなに言うなら、一度、都会でがんばるスーツ姿を見てみようか」とは思わなかった。ひたすら、「ふるさとに帰ってきて、再びあの頃のあなたに戻ってほしい」という女性の願いは、もはや、男性にとってみれば酷な願いであり、自ずとこの恋は壊れていく運命にあった。「どちらも悪くないよ」と、今なら言える。
【恋人がサンタクローズ】
この歌の主人公は、おそらく小学生ぐらいの女の子。クリスマスの日に、となりのおしゃれなお姉さんから恋の話を聞かされたが、ようやく歌詞の中の「私」も、サンタクロースを待ちわびる大人になった。だれもが、サンタクロースは小学生の頃に卒業してしまうが、人生には、2回目、3回目のサンタさんがやってくるんだ。さすがユーミンと、宮本のヴォーカルで理解できた私です。
【春なのに】
この曲は、アルバム『ROMANCE』ではなく、2021年11月13日発売の『縦横無尽』に収録されている。曲中、「記念にくださいボタンをひとつ、青い空に捨てます」がリフレインになっているように、この一文に女性の思いがすべて込められている。あげたボタンは、記念に大切に保管してもらえるのでなく、時をおかず捨ててしまう行為に、意味不明の行動だととらえる男性も少なからずいるだろう。
私もその一人だが、もう一度最初から歌詞を追いかけてみて、鈍い私も腑に落ちた。そんな気持ちにさせてくれたのが、宮本浩次のヴォーカルである。 |