Guitar Case 107

Guitar Case > 2018

天城越え

天城山隧道(日本に現存する最長の石造道路トンネルで国の重要文化財)

 この夏(2018年)、伊豆半島を旅した。NHK総合TVの『ブラタモリ』と言う番組が好きで、今回も、その番組の足跡を辿るような旅であった。
 その旅で、楽しみだった1つが「天城越え」。伊豆半島は、海底火山が高く隆起してできており、万三郎岳1,405mを最高峰とする天城連山は約60万年前ぐらいに噴火していた火山である。そのため、半島の大部分が山地であり、 半島の東岸・西岸は共に断崖が続く。そのため、かつて伊豆半島南端の下田に赴くには、半島内陸の天城山の峰々を貫く下田街道が使われ、その最大の難所が「天城越え」であった。天城越えに使われた峠としては、「古峠」→「二本杉峠」→「天城峠(天城山隧道)」というふうに時代と共に変遷していく。ちなみに、幕末のアメリカ総領事ハリスが使ったのは二本杉峠。そして、有名な川端康成の小説『伊豆の踊子』に登場してるのは、天城峠(天城山隧道)である。

 天城山隧道(旧天城トンネル)は、1905年(明治38年)に開通し、1970年(昭和45年)に新しい天城トンネルが開通するまで、多くの人と物資が行き来した。現在は、「踊子歩道」の名で、天城隧道を含む全長約16kmが遊歩道として整備されている。『伊豆の踊子』では、一人旅をしていた青年が、旅芸人一座の娘に心を寄せ、このトンネルの脇にあった峠の茶屋で、はじめて会話を持った場所として描かれている。この五人連れの旅芸人は、伊豆の大島に家があって、伊豆半島の温泉場を転々と流し歩いているらしく、北から下田に向かっての道中であった。また、松本清張の『天城越え』では、下田から静岡をめざして家出をした少年が、天城峠を越したものの、結局引き返すことになるが、そこで奇妙な殺人事件が発生 するという推理ものである。

 さて、「天城越え」と言えば、最も有名なのが石川さゆりのヒット曲『天城越え』だろう。作詞家吉岡治と作曲家弦哲也が、伊豆・湯ヶ島にある旅館白壁荘に3日間滞在して作ったという秘話がある。また、「記録などの自分の前に立ちはだかるものを越えたい 」として、イチローが2008年のシーズンで打席曲として『天城越え』を使った話も有名である。石川さゆりの歌う『天城越え』は、『伊豆の踊子』でも 、松本清張のそれでもなく、女性の情念を歌った艶歌である。
 「天城越え」の歴史も地理も知らず、石川さゆりの熱唱をただただ「上手いなあ」と聴き惚れていたが、車とはいえ「天城越え」を体感した今、この曲の聴き方が少し深まったような気がする 。越すに越されぬ難所の峠と人生を重ね合わせた話は、古くて新しい永遠のモチーフである。

by くりんと

Guitar Case 106

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『旅芸人のいた風景』 プロとアマの違い

 

 『旅芸人のいた風景』の筆者沖浦和光氏は、1993年頃、「ガマの膏売り」のプロを探してみたが見つからなかったと言う。その時、大道芸を研究しているアマチュアの一座を紹介され、その熱演を鑑賞した。子どもの頃から何十回もプロの芸を見てきた筆者は、上手だけどなにか違うと感じ、 著書の中で、「プロとアマの違い」を以下のように述べている。以下、抜粋。

 私たちがひと昔前に見たプロとはどこかひと味違う。それは技芸の違いではない。一体どこが違うのか、舞台を見ながらあれこれと考えてみた。結論として、「なんとしてもこれを買ってもらわないと食っていけぬ」という気迫の違いだと感じた。
 つまり、生活が懸かっているかどうかなのだ。これだけ売上げがないと今晩のメシ代にも足らないし、木賃宿にも泊まれないという切実な思いが、大道で演じているプロの場合は、見物人にもひしひしと伝わってくる。だが小綺麗な室内でやる芸では、どうしてもその切迫感がない。趣味でやっているアマチュアでは、どう工夫しても乗り越えられない壁である。

 アマチュア・バンドを30年近くやっている私たちにとって、今ひとつ、乗り越えられない壁がある。それは、「生活のかかった気迫」が決定的に欠けていると言うこと だろう。なりふり構わない気迫が、聴衆の目を耳を釘付けにし、心を揺さぶるのかもしれない。向上心や熱心な練習だけでは、永遠に辿り着かない境地 。

by くりんと