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森繁久弥の『知床旅情』

 2009年11月10日朝、俳優の森繁久弥さん(96)が永眠された。テレビや映画、舞台での活躍は、多くの人々の記憶に刻まれていることであろうが、私には「知床旅情」を歌ったシンガーソングライター森繁久弥の印象が強い。歌手が本業ではなく、決して歌唱力に優れているとは言えないが、氏の吟じる『知床旅情』をもう何十年も前に耳にした時、もう一つの歌い手としての在り方に目から鱗が落ちる思いだった。言い訳にするつもりはないが、「歌が下手でも、声が悪くても、人の心を揺さぶる歌い手としてのスタンスがあるんだ」と、今もわが心の支えにしているが、未だ森繁氏の境地には程遠い。

 そもそもこの歌は、森繁氏が1960年の映画『地の涯に生きるもの』の撮影で知床半島羅臼に長期滞在している間に作られ、その最終日に羅臼の人々への御礼とその名残惜しさをこめ、『さらば羅臼よ』という曲名で披露された。ちなみに、1962年の大晦日に放送された第13回NHK紅白歌合戦でも、森繁自身によって披露されている。その後、加藤登紀子がカヴァーをしてシングル売上げ140万枚の大ヒットとなり、多くの人々の耳には加藤登紀子の『知床旅情』が焼きついたことだろう。

 しかし、今一度、森繁氏自身の制作逸話をもってこの歌を聞かれたい。そうすると、加藤とは違った『知床旅情』が見えてくる。北の大地で寝食を共にして一つのものを作り上げたという充実感の中に、羅臼の人々への感謝や情、そして、スタッフや出演俳優との間に生まれた仲間意識など加わり、一気にこの歌を作らせたと想像する。実は、私たちにも、思春期の頃、青年期の頃、これに似たような思いを経験したことはないだろうか。曲を作らなくとも、別れのつらさや新たな旅立ちの高揚に、その気持ちの高ぶりを日記にしたためたり手紙として送ったり、そんな私自身の記憶がこの歌によって蘇ってくる。「そういえば、そんな類の高揚感も加齢と共にずいぶん遠ざかってしまったなあ」と、わが身を振り返りもする。森繁久弥の『知床旅情』を聞きながら、 今一度奮起せんと秋晴れの空を見上げる今日この頃である。

by くりんと

知床旅情  作詞・作曲:森繁久弥

知床の岬に はまなすの咲くころ
思い出しておくれ 俺たちのことを
飲んで騒いで 丘にのぼれば
遥か国後に 白夜は明ける

旅の情か 酔うほどに さまよい
浜に出てみれば 月は照る波の上
君を今宵こそ 抱きしめんと
岩かげに寄れば ピリカが笑う

別れの日は来た 羅臼の村にも
君は出て行く 峠を越えて
忘れちゃいやだよ 気まぐれガラスさん
私を泣かすな 白いかもめを