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平均律の限界

 NHK総合番組爆笑問題のニッポンの教養「あなたの知らないメロデイー」(2009年2月10日放送)で、九州大学芸術工学院教授兼作曲家の藤枝守氏が、「平均律」について興味深い話をされていた。要約するとこうだ。
 今私たちが耳にする音楽のほとんどは、「平均律」という音律がベースになっている。平均律とは、1オクターブの音の高さを、半音によって12等分したものである。その平均律 は、17世紀頃考え出された。そして、普及したのは19世紀以降で、平均律に基づいて作られたピアノが大量生産・消費されためであり、平均律がいつのまにか音楽演奏や作曲の基準とされきたが、その歴史は比較的浅いというわけだ。

 したがって、それ以前は平均律にとらわれない音律の音楽が世界各地にそれぞれの文化として存在していたし、今も伝承されている。例えば、三味線で唄う端唄・小唄、三線で唄う沖縄の島唄などはその好例。端唄・小唄にあらかじめ決まったキーはないし、自分の声に合わせた三味線のチューニングを行う。そして、その音律には、12の平均律に収まらない節回やこぶしがあり、色・艶とも表現される。薬師寺東塔の水煙に透かし彫りされ飛天が奏でる笛の音色は、もちろん平均律で は採譜できないだろう。また、鳥のさえずりや風の音、川のせせらぎに癒される時、それらを平均律の音楽で表現することはできない。
 ピアノの鍵盤と鍵盤の間にも無限の音律が存在するはずだが、いつしか私たちは12色のポスターカラーだけで描くことを覚えさせられ、赤にもいろんな赤色があることを知りながら、1つの赤だけで塗りつぶしてきた。つまり、ピアノで、平均律で奏でることのできる音楽は、最初から限界があるのだ。ただ、音楽のユニバーサル化、世界標準化としての役割・功績は大であったことに間違いはない。

 定期的にプロの手によって調律されるピアノやデジタル機器を用いてチューニングされるギターを日ごろ用いていると、平均律の呪縛からなかなか解き放たれない。しかし、縄文人が土笛で奏でた音色のようなそうした平均律の垣根の向こう側にある音楽こそ、人類が数千年前に楽器を手にして以来の本流であることを知り、目からうろこが落ちた瞬間であった。


by くりんと