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硫黄島からの手紙

  太平洋戦争における硫黄島での戦いを、クリント・イーストウッド監督は日米双方の視点から描こうとして、『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』の2部作を手がけ自らメガホンをとった。この正月、日本側の視点で描かれた『硫黄島からの手紙』の方を見た。

 私自身、この映画を見る前から、ささやかな親しみを抱いていた。1つは、監督がクリント・イーストウッドであること。私のニックネーム「くりんと」は、ある先輩によってネーミングされたものだが、私の姓「東林」をEastwoodと訳したところからきている。もう1つは、この映画の主


 

人公である「栗林忠道中将」。こちらも私の姓「東林」にまつわることだが、この姓は意外と珍しく、電話番号登録している「東林」さんは全国で55世帯しかないそうだ(静岡大学人文学部言語文化学科比較言語文化コース言語学分野城岡研究室データベースより)。普段目にしない姓のせいか、いろんなところでいろんな読み違えをしていただくのだが、多いのが「東海林」さんに「栗林」さん。というわけで、「栗林」さんが全く他人とは思えない私「東林」である。

 さて、その本物のクリント監督によると、この映画を次のように紹介している。「私が観て育った戦争映画の多くは、どちらかが正義で、どちらかが悪だと描いていました。しかし、人生も戦争も、そういうものではないのです。私の2本の映画も勝ち負けを描いたものではありません。戦争が人間に与える影響、ほんとうならもっと生きられたであろう人々に与えた影響を描いています。どちらの側であっても、戦争で命を落とした人々は敬意を受けるに余りある存在です。だから、この2本の映画は彼らに対する私のトリビュートなのです。」(映画『硫黄島からの手紙』Official Websiteより)

恥ずかしながら、私自身、この映画を見るまで「硫黄島の戦い」の悲惨さを知らなかった。栗林忠道中将の人となりやロサンゼルス・オリンピックの馬術競技で金メダルをとった西竹一の逸話なども知らなかった。今回この映画を見て、アメリカ人(のクリント氏)から、この戦争を教えていただくという始末である。

  『硫黄島からの手紙』では、栗林忠道という人間に興味を持った。長野県出身の彼は、陸軍士官学校に進み陸軍大学校を卒業、アメリカとカナダの駐在経験があり、陸軍の中では珍しい米国通だったといわれている。陸軍中将まで上りつめたエリート中のエリートが、間近に迫った沖縄戦や本土決戦の前の「捨て石」となる覚悟で、総司令官として硫黄島に赴任する。彼の経歴の中の汚点を探せば、「昭和194月師団厨房で起きた失火の責任を取り、師団長を辞す。東部軍司令部付」というのを見つけることができるが、その2ヵ月後に硫黄島に着任している。このことが直接関係あるのかどうかは知らないが、「捨て石」というくじを引かされたその過程においていかなる紆余曲折があったのか、彼の生き方や人となりが推し量られる。

 陸海軍に関らず、欧米の駐在経験があった軍人たちの多くは、アメリカの国力を目の当たりにして一応に日米開戦に反対だったと聞く。彼も親米派であり同じ考えをもっていたようだ。しかも、欧米の合理主義が彼の信条と重なり、硫黄島に赴任してからは島をくまなく歩いて、用意周到な大規模地下陣地を計画・構築する。そして、万歳突撃による玉砕や自決、上官による部下への無意味な制裁を禁じて将兵のいたずらな消耗を避け、徹底的な持久戦を行う。当時の陸軍の万歳玉砕を潔しとする“不合理”な美徳の中では、こうした彼の作戦上の合理主義も、部下である将校たちからは疎まれる存在にもなっていく。

ただ、彼も生粋の軍人である。駐米時代の映画の中の1シーンで、アメリカの友人から「日米間で開戦になればどうするか」とたずねられ、きっぱりと「国のために戦う」と答える。硫黄島戦末期、味方の補給路が絶たれ弾薬なく水枯れた時点で、最後の総攻撃を決断する。ただしこの突撃は、いわゆる万歳突撃の形を取らず、隠密に敵陣に近づき敵側の油断を突いたゲリラ戦に近い戦法を取り、予期していなかったアメリカ軍に対して大打撃を与える。先の言葉通り、やはり彼は軍人だった。

  彼の人柄を推し量れるものに、駐米時代や硫黄島着任当時に子息に書き送った手紙もある。アメリカから書かれたものは、当時長男が幼かったためかイラスト入りの絵手紙となっている。これらの手紙は戦後に「『玉砕総指揮官』の絵手紙」(小学館文庫)として刊行されているが、映画中の栗林の手紙は、これに基づいているそうだ。劇中、爆撃の振動がなりやまぬ地下要塞の中で、紙と筆をとり絵を描いている姿は、司令官らしからぬ光景で違和感を持ったが、まさに監督の描きたかった1シーンなのかもしれない。

  クリント監督のいうトリビュートは、渡辺謙演ずる栗林忠道を指すだけでなく、バロン西(伊原剛志)や西郷昇陸軍一等兵(二宮和也)たちにも向けられていることは言うまでもない。この時代の中でのそれぞれの「生」を全うした人たちの生き様を胸に刻み、私たちの時代の中での「生」を全うしたいと、私の年頭所感となった。

by くりんと