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“ラスト サムライ”&“たそがれ清兵衛”

   

遅ればせながら、『ラスト サムライ』を見た。
どうも賛否両論らしいが、ハリウッド製サムライ映画、時代考証・ロケ地・戦闘シーン・つじつま等々、つっこめばきりがないから批評の深入りはやめておこう。
(だいたいNHK大河ドラマだって、リアリティーに欠け、わたしゃあ見る気がしないのだから。)

さて、この映画を見て、ハリウッドが、あるいは世界的娯楽産業界が求めている、商品『JAPAN』とはどういうものか、その一端を知ることができた。
新渡戸稲造が100年ほど前に書いた「武士道」という、かつて存在したであろう日本人の精神性が、今もって西洋人にはうけるとみた。
「いかに生きるか」ではなく、「いかに死ぬか」。
もはや(現在の)日本人でさえ理解しにくいそうした哲学に、彼らは決して共感はしないだろうが、たいへんな好奇心をもっていることが想像できる。
そうした興味深い日本の武士道に、真田広之をもってきての殺陣(たて)、アクションを加えたわけだ。
カンフー映画がハリウッドに台頭したように、殺陣がハリウッドのアクション映画を席巻するだろうかと自問自答したが、やっぱり忍者の手も借りないとだめなようで、結局、なんもありのハリウッド製サムライ映画に落ち着いてしまった。

渡辺謙が助演男優賞で、今年のアカデミー賞にノミネートされたが、同じく外国映画部門でノミネートされた『たそがれ清兵衛』。
こちらも『トワイライト サムライ』という英訳で、なにかと『ラスト サムライ』と比較されるだろうが、こちらは西洋人にどううつったのか興味がある。
『たそがれ清兵衛』は、メイド・イン・ジャパンゆえ、時代劇としてのつっこみはほとんどなく、抵抗なしに見れるのだが、それはむしろハリウッド的面白味にかけるかもしれない。
両者は偶然にも、同じ幕末から明治初期を描いたサムライ映画だが、藩という封建組織の中で「いかに生きるか」を描いた『たそがれ清兵衛』に、私自身、リアリティーな「武士道」をみた。
そして、こちらの「武士道」なら、今も日本社会の中に残っている。

それゆえ、『たそがれ清兵衛』の映画の西洋人の評論が気になるところだが、興行的にお金を取れるのは、やはり『ラスト サムライ』。
ただ、助演女優賞には“小雪”に軍配を上げた。

by くりんと