Guitar Case 33

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エイサーと篠原踊り


沖縄のエイサー


奈良県大塔村の篠原踊り


奈良県大塔村篠原地区に、古来より伝承されている「篠原踊り」がある。
それが不思議と、はるか海の向こう沖縄の「エイサー」とどこか似ている。
上写真のように、衣装は全く対照的なのだが、ともに、締太鼓をもった男踊りがある。
また、それに合わせた女踊りもある。
リズムも4拍子で、似てなくはない。

ただ、かたや「エイサー」は、青年団を中心に発展し、沖縄のあちこちでそれ用のお祭が催されているのに対し、「篠原踊り」は、奈良県より無形文化財の指定こそ受けているが、村の外では、その存在さえ知る人も少ない。
また、山村の過疎集落ゆえ、男踊りの後継者が見当たらず(現在2名)、室町以来の歴史を有すとも言われるこの踊りは、存続の危機にさえ瀕している。
一見似ていると思われたこの両者の芸能には、対照的な現状がとりまいている。
では、その違いは何だろうか?

長らく私の中で疑問に思ってきたことだが、最近、両者を間近で見聞きする機会があり、私なりの一考察を覚えた。
まず、「エイサー」は、旧盆に先祖を供養する仏事であり、いわゆる盆踊りと考えられる。
よって、だれもが自由に参加できる形をとり、様々なアレンジの施された多種多様な踊りに発展している。
一方、「篠原踊り」は旧正月に行う神事で、神に奉納する踊りである。
一部の踊りは、他所で踊るのは御法度とされ、神の前では正装、だれもが自由に参加できるものではなく、かたくなな伝承芸となっている。

もうお解かりであろう。
「エイサー」が大衆に迎合的な踊り(そう言えば、もとは踊念仏から始まったらしい)なのに対し、「篠原踊り」は非常に偏狭でコア、おのずと、両者の未来は対照的なものとなる。
しかし、この偏狭でコアな踊りが、少なくともこれまでは、吉野の辺境の地で、500年以上も受け継がれてきたのだから、この歴史に限っては「エイサー」となんら遜色ない。
しかし、最後のニホンオオカミが吉野の山で息絶えていったように、伝承芸能の存続には、それを育む環境の不変が前提となるようだ。

by くりんと