Guitar Case 14

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村おこしより”自分おこし”

今年8月の島根のライブでは、広瀬町の尼子太鼓のみなさんにお世話いただいた。
また、和歌山県橋本市の隅田八幡宮ライブでは、隅田町の青年有志の方々にご招待を受けた。
よくよく考えてみると、この2つのライブには共通点があり、ともに、行政や利益団体の人的・経済的バックアップなく、素人の有志の手よるイベントである。
会場の手配及び設営、出演者の依頼、広報及び観客の動員、駐車場係などなど、すべて自分たちの手による。
私どもも、10年前の岡林信康ライブ招致以来、露の新治落語会、加川良、高田渡、西岡恭蔵のライブなど手作りのイベントを興し、そうした苦労と快感をある程度承知したつもりでいる。
ただ、私の係わった上記のイベントのいくつかは、既存組織の人的援助を受けたし、それぞれが1回限りの打ち上げ花火に終わってしまった。
その点、毎年の継続を前提にした企画やイベントには、まったく尊敬してしまう。

ひところよく、”村おこし”という地方のモーションが話題になった。
しかし、御上が金と口も出す”村おこし”的活動に対して、地域に根ざす人々の自発的な運営による”自分(たち)おこし”的活動が、昨今多くなってきたような気がする。
後者の”自分おこし”的活動というのは、世のため人のためという大義名分は二の次にして、自分が骨を埋めると覚悟を決めたその土地で、どう楽しむか、その土地に自分に、どんな可能性が埋もれているか、地域の人々とどうつながっていくのか、そうした欲求がエネルギーとなって湧き起こるモーションと理解している。
実は、私自身も、ここ10年そうした欲求の中にいて、”Curtis Garden” さがしを楽しんでいるが、地域とはなかなかつながれないでいる。
http://www.geocities.jp/eastwoodism/eastwood/eastwood.htm
人間、齢を重ね、定住の地にたどりついたとき、今度は、地域との距離を考え始めるのかもしれない。

この夏、エンヤトット一座がお世話いただいた広瀬町や隅田町の方々のモーションも、どちらかと言えば、その”自分たちおこし”的動きに近いような気がするし、私の近辺でもそうした音楽イベントをよく知るようになった。
音楽には、集まりやすい、起ち上げやすいという要素があるのかもしれないが、最近ホームページで知ったケースとして、東京・八王子で、燻製好き(魚や肉などをスモークするあの”燻製”)の男女が集まり、定期的な活動をなされているというサークルもある。
さて、私どもエンヤトット一座、金はないけど汗と熱意は負けないというイベントには、もってこいのバンドとお売り込み申し上げます。
一声かけていただけりゃ、過酷な条件の下でも、すっ飛んでいきます。(おっと、メンバーに相談するのを忘れてた!)

by くりんと