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Guitar Case 95

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大瀧詠一の日本ポップス伝「演歌とフォークソング」

 昨年末の大瀧 詠一の逝去をうけ、私的追悼行為としてYou Tube上にアップされている「山下達郎のサンデーソングブック“新春放談”」(TOKYO FM)等々を聴く日々が続いている。すると予想もしなかった展開が待っていた。私の大好きなミュージシャン岡林信康、高田渡、小林旭、クレイジーキャッツ、そして大瀧詠一が一本の赤い糸でつながっていくのだ。少々、興奮気味である。
 大瀧がはっぴいえんど時代に、岡林信康のバックバンドをやっていたのは知っていたが、高田渡のバックも経験していたことをあらためて知った。そして、当時を振り返る二人の対談(「大瀧詠一のスピーチバルーン」ニッポン放送)が興味深い。
 高田渡の歌風のルーツは、「まっくろけ節」「ノンキ節」などを作った明治時代の演説歌作家添田唖蝉坊(そえだあぜんぼう)にさかのぼるらしい。自由民権運動の演説に対して取り締りが厳しくなった後、演説の代わりに歌を歌うようになったのが「演歌」で、当時の演歌は政治を風刺する歌(プロテストソング)であったという。戦後、演歌は古賀メロディーや美空ひばりの台頭によって艶唄にかわっていくが、その思想性は高田渡や高石ともやなどのフォークシンガーに受け継がれていったようだ。先の番組の中で、大瀧自身、当時から高田渡に対して一目置いていたと話しており、いつにないマジな高田渡の受け答えが面白い。やがて、フォークソングもかぐや姫や吉田拓郎らの台頭によって、艶唄にかわっていくのは皮肉なものである。

 次に、大瀧は小林旭やクレイジーキャッツの大ファンであることを公言している。小林旭のめいいっぱい声を出して気持ちよさそうに歌うその歌いっぷりが好きらしいが、1985年に「熱き心に」を提供し、その特徴を十二分に引き出し たことはよく知られている。クレイジーと小林旭の共通点として、コミカルな歌が多いこと、思想的でもありエンターテイメント性も優れていることなどを挙げているが、クレイジーはともかく、小林旭も「アキラのズンドコ節」「アキラのまっくろけ節」「恋の山手線」「自動車ショー歌」「恋の世界旅行」など 、1960年代にずいぶんとコミカルソングを出している。また、「北帰港」や「惜別の歌」など理知的な歌詞のものも多く、私が惹かれる理由を大瀧詠一がうまく代弁してくれた。
 そういえば大瀧の作品にも、コミカルなものやユーモアが随所に見え隠れしている。とりわけ、1月から12月までの歌を1曲ずつ作って順番に収めた「NIAGARA CALENDAR(1977年)」というアルバムは秀作だ。また、「ナイアガラ音頭」「クリスマス音頭」「イエロー・サブマリン音頭(プロデュース)」など にみられるよう、和リズムも大好きである。
 なお、「日本ポップス伝」(1999年1月4日〜8日NHK-FM)では、大瀧独自の日本歌謡の歴史的系譜の解説も行っており、興味深い。

 私のコミカルソング好き、社会的風刺ソング好きも、行き着くところは「演歌」らしいということがわかった。「まっくろけ節」「ノンキ節」「オッペケぺー節」など、 今聞いてみても心地よい。なのに私の昨今作る歌には、コミカルさもなければ思想性も欠如し、さりとて艶っぽさなども皆無である。(笑)
 これからの進む方向が見えてきた。

by くりんと