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Guitar Case 92

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『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 村上春樹

 タイトルの「色彩を持たない」とは、高校時代の親友5人の姓に、赤松・青海・白根・黒埜と多崎つくる以外はみんな色が含まれており、そのことでよくからかわれたことによる。しかし一方で、彼は「自分というものがない、個性みたいなものがない、こちらから差し出せるものは何ひとつ持ち合わせていない」と自身を卑下しており、鮮やかな色彩を欠いていることにも心の課題をもっていた。
 ある日、理不尽にもこの親友たちから決別を告げられたつくるだが、「駅をつくる」という限定した興味には終始一貫性があり、大学進学・就職を経て夢を現実のものとしている。「入れ物としてはある程度形をなし」ながら、あとはその内容物をどう整えていくのか、新しい恋人に示唆された鍵は、過去の親友との決別の謎を解く「巡礼」にあった。
 その鍵を見つけに黒埜をフィンランドまでたずねていくのだが、例えばそのくだりに象徴されるように、今回3年ぶりに書き下ろされたこの長編小説は、これまでの村上作品と比べてみても、文章は

平易で村上独特の比喩やキーワードはほとんどない。また、過去の作品に見られたような非現実的な比喩空間もなく、映画を見ているように読者をドキドキさせながら引き込んでいく明解さがある。
 さて、この物語の起因となっているつくると他の4人との親友関係の決別だが、この小説のようなドラマチックな展開ではないにしろ、理不尽な人間関係の崩壊や断絶は、多かれ少なかれだれにも経験があるだろう。そうした場合、徹底抗戦や原因追求をしないまま、時間という重石で封じ込めてしまうことが多く、人によってはこうした蓄積がトラウマとなり、自分が傷つかずに済むよう相手との間に適当な距離をおく習慣が身についてしまう。自分は社交的でない、結婚願望がない、独りでいることが苦にならないなどと言い訳し、自分を納得させているけれど、あらためて原因となる重石を取り除き、心に刺さった棘を抜く作業(この小説で言う「巡礼」)が成功すれば、治癒されていくと物語は展開する。多くの読者が共感し引き込まれていく課題でもあるわけだ。
 ただ現実的には、例えば高校時代の問題を解決するなんて甚だ厄介だし難しい。やっぱり、その時にできる限り原因究明し溜飲を下げておく必要がある。でも、かの重石がもし「年間を通して溶けることのない厳しい凍土の芯のようなもの」だったとしたら、時間をかけてゆっくりと溶かすことができるかもしれない。それは自分自身の体温によるものではない。他のだれかの温かさでなければならない。やっぱり人は、だれかに愛されないと生きてはいけない。しかし、そのためにはまず自分から無条件で愛さないと、その愛は得られない。

 村上春樹の小説をこんな風に読んでは、薄っぺらいだろうか。もし、村上氏の暗示なるものがあるとするならば、4月23日付朝日新聞の文化欄に掲載されていた翻訳家鴻巣友季子さんの寄稿が一番しっくりきたので、あとはそれに譲ろう。以下、抜粋。
 「構図は『ノルウェーの森』の現代アラフォー版。魂の友を失い、生身の恋人を得て再生へ。この親友5人を共依存した『家族』に喩えると、ある者が独り暮らしをすると調和が崩れ、残ったある者が精神を病む。それは家を出た者のせいとして彼は勘当される。病人の介護は女性に押しつけられ,彼女も危うく介護倒れ。男性は見て見ぬふり。声の小さい者が切り捨てられ,弱者が消え、優しい者が過大な重荷を背負う。」

by くりんと